やっぱり体癖から整体法に興味を持たれる方は多い。最終的に人が最も興味を示すのは人なのかもしれない。 自分のことも知りたいし、他者のことも知りたい。体癖が好まれる背景にはこういう心理的な背景があるのではなかろうか。 さて情報過多の世の中なので「体癖」について調べようとするといろいろな情報が舞い込んでくる。 しかしせっかくちくま文庫に野口晴哉の自著『整体入門』と『体癖』が入っているのだからまずこれを読 …
臨時休業
7/28~30は院長不在のため、個人指導および教室はお休みさせていただきます。 ご予約等に関するメール・電話対応は可能です。よろしくお願いいたします。
七夕
今年は久しぶりに七夕の願いごとを書こうと思っている。 整体では伝統的(?)に七夕をやる。七夕さまに願ったことは必ず叶うというのだから大変なイベントである。 ただし条件があって、「自分が本当に叶えたいもの」「心の底から願っていること」を氣を集めて短冊に書くのである。 そして書いたらそのことを忘れてしまうこと。これは実質的にはむずかしいと思うけれども、日常生活の中で願いごとを忘れている時間を長く持てば …
泣く子
むかし社会科で「泣く子と地頭には勝てぬ」という言葉を聞かされたが、地頭の方はともかく泣く子にも勝てぬというのは今からするとおかしいように思う。 子どもは大人よりもずっと心が開かれているのだから、丁寧に応対すれば泣く子の気持ちも理解できるし、ささくれだった心をなだめることだってできる。自分で子どもを持った経験からこれは確信している。 なぜこんな話かというと、最近外出するとどうにも気になる場面に出くわ …
整体生活
気がつけば「野口整体」という言葉を最近口にしなくなった。巷でもあまり聞かなくなったような気がする。 なんというか、2002年に『整体入門』がちくま文庫に入った時が第一次のピークだったように思う。 私が整体法の存在を知ったのが2005年だったので、今にして思えばインフラの波に乗っかった形なのだろう。 それから徐々に小康状態になりつつあるも、最近は「体癖」だけが整体法から遊離して一人歩きしている感があ …
教育
自分の子どもが大きくなってきたこともあって教育について考えることが増えた。 人類発生以来、つまりヒトが人間の体(てい)をなして社会生活を構成し始めて以来、子どもを如何に教育すべきかという問いは常に考えられてきたテーマだろう。 ことに日本は近代以降子どもの教育を考える状況が特殊であったように思う。 明治という時代はそれまで東洋一辺倒だった日本史上に西洋文明という異物が混入され、非キリスト教文明圏とし …
脳幹トレーニング
脳幹トレーニングのことを調べていたら久しぶりに戸塚宏氏の本に突き当たった。戸塚氏は遡ること80年代に暴力による度重なる死傷事件で有名になった戸塚ヨットするクールの校長である。 もう10年以上前になるが『敵は脳幹にあり』をはじめとして同氏の著作を何冊か読んだ。児童の非行・不良化の問題から花粉症に至るまで、現代病の真因を脳幹の不活発に見い出したという戸塚氏の卓見は当時野口整体まっしぐらだった私の心を捉 …
体得
体得という行為が世の中から失われつつある。 体得は体を通じて自認されるべき知識や技術であって、スポーツとか芸事、あるいは職業的な技能などは当然ながらこの体験によって会得するというプロセスが重んじられる。 しかし上に述べたような事柄以外、いまは大半のものが「調べる、分かる」ということでカタが付いてしまう。 学校の勉強、あるいは試験勉強などがその典型といえる。これはインターネットの普及と切っても切れな …
胎教
前項の『いのちの輝き』の中でも胎教の重要性を説いているが、野口整体でも一生を通じて健全な人間を育てるという観点から胎教を重視している点は通底する。 医術ということを突き詰めていくと、必ず途中で教育の問題に突き当たる。病気でも怪我でも「どうしてこうなったのか?」「こうならないためにはどうすればよかったか?」とずっと辿っていくと、原因は過去にあるために「そもそもそこに至った生活から正すべし」ということ …
いのちの輝き
久しぶりの書評、のような記事。オステオパシーの権威ロバート・C・フルフォード博士による『いのちの輝き』について。 個人的には二度目のトライである。10年以上前に一度購入したものの読まずに手放してしまった。当時アンドルー・ワイルをはじめとする欧米圏の代替医療関連の本を手あたり次第買い込んでいた。 とはいえ読むのがすこぶる遅いため買ったはいいが読まずの本が積み上がり、積読(つんどく)が一定量を越えたと …