ケルトとナバホ

一ヶ月くらいかけて河合隼雄の『ケルト巡り』と『ナバホへの旅』を読んでいた。こちらは著者がNHKの企画でアイルランドとアメリカ先住民の住むナバホを訪ねた時に書かれた随想録のような本である。

『ケルト巡り』
『ナバホへの旅』

河合隼雄と言えばユング心理学を日本に広く知らしめた心理学者、心理療法家としての認知度が高い。しかし同氏はそれだけにとどまらず、「個人の心理」を飛び越えて広く日本人全体のこと、さらには人類全体にまで視野を拡大して「こころ」や「たましい」について考え続けた学際的な学者の顔も持っていたことでも知られている。

晩年は文化庁の長官も務めながら「日本人全体のカウンセリングをしている」などと言われていたことを知ると、上に書いたことがより理解できるのではないだろうか。

さて上記の二冊は順番として先ずアメリカ先住民の里であるナバホを著者が訪ね、次にアイルランドのケルトにも向かったのである。こちらのブログでは順序が逆になるが(私の読んだ順番がそうだったので…)まず『ケルト巡り』の方から先に感想、というか感ずるところを書いてみようと考えている。

そもそも事情を知らないと「心理学者がなぜそのような地に赴いたのか」という疑問が湧くが、これについての説明も冒頭でなされているので先に触れておくべきだろう。

ごく簡単にいうと、カウンセラーとして深い悩みを抱えるクライエント(現代人)の心に向き合っていくと次第に視野が拡張されていき、やがては個人の悩みを超えた近代文明の問題まで考えざるを得なくなってくる。ここでいう「近代文明」とは、換言すれば欧米を中心としたキリスト教文化圏に興った科学文明のことである。

もともとは神を至高に据える世界観の中で、人間は被創造物として慎みをもって生きるものと考えられていた。しかし科学の進歩によって意識の上で神の存在が否定されると、空席となった神の座には人間が代わって座ることになったのである。

神の存在が理論的に否定されても人間の作り出した法や秩序といった合理的な社会が続いていくのだから、ここだけ見ればさして問題はないようにも思えるが、現実はそう上手くいっていないのだと河合氏は言う。

近代科学のパラダイムでは扱える対象が限られている。それは具体的にいうと視覚化できるモノの現象が中心なのである。たとえばガリレオがピサの斜塔から鉄球と木製の球を落として物体の質量と落下速度の因果関係を確かめようとすれば、それは誰の目にも明らかな結果として映る。しかしこのような物質現象以外の問題となると話は変わってくる。

例えばAという人物が家族を失った悲しみとBという人物が同様の体験から生じた悲しみはどちらの方が深いか、あるいはその悲しみを癒すためにはどうすればよいか、などという問題になると近代科学の手には負えなくなる。(現実には「薬の処方」などがなされるのだが…。)

さらに、A氏はその後でアルコール依存症の患者になった、などといっても「彼は突然妻を失ったためにアルコールに依存するようになった」という因果性を科学的に実証することはできない。現にB氏は同じような境遇にあっても、アルコール依存になることなく外見上は前と変わらない生活を送っている、といったこともあるのだから当然である。

つまり客観性や普遍性、そして再現性を重んじる近代科学の世界において、個人的な心の体験、あるいは自分や自分にとって近しい人物の病苦や死といった問題に共通の因果性を見出したり、同じ治療法を適用したりすることは不可能なのである。

科学万能という言葉は人間を肉体と精神に分ける(霊肉二元論を基とする)西洋近代文明の世界観の中だけで通用する考え方といえる。

しかしこうした問題が明瞭化する前の20世紀までは「科学が進歩すれば、それだけ人間は幸福に近づく」と考えられていた。確かにある所まではそうした考えも受容できるが、21世紀が近づくにつれてだんだんと科学が万能ではなかったことが分かってきたのである。

そして近代科学ではどうにもならない「私の」心や死の問題に対してたまりかねた人たちの中から、アメリカ先住民の生活スタイルや宗教観(彼らはそれを宗教「religion」とは呼ばないそうだが)に学ぶ姿勢を示したり、あるいはアイルランド地方に幽かに残るケルトの文化から近代人が失った「何かを」学ぼうとしているのだという。

翻って日本のことを考えるとどうであろうか。

日本は19世紀という東洋では比較的早い段階から欧米化が推進され、短期的には成功を収めたように考えられていた。これはキリスト教文化圏以外において異例中の異例といえる出来事である。現実に20世紀までは先進国といえば日本以外は全てキリスト教文化圏の国であることを考えれば、何故このようなことが可能であったのか今もはっきりとした理由は判っていない。

ともかく明治維新後は和魂洋才の精神で欧米列強の覇権主義に対抗し何とか自国の権益を確保したまではよかったが、経済は軒並み困窮を続け後に敗戦、戦後は極度の飢餓常態から大変な努力をして高度経済成長期を築き上げるといった大きな浮き沈みを味わってきたのである。

このような「忙しさ」の中で物資の窮乏と物質的な豊かさの天国と地獄を味わい、いつしか心を亡くしてモノやおカネばかりを追求する生き方が強調されるようになったと考えられる。

もちろん現代を生きていくうえでお金が重要な役割を持つことは事実だが、昔に比べて経済的に豊かになったのに対し、人々の幸福「感」はそれほど充足していないというパラドックスが生じてきた。そうした社会情勢の中で精神的に病む人や自殺する人が増え、青少年の間ではいじめや無慈悲な犯罪が目立ち始めている。

それでも日本はキリスト教やイスラム教のような一神教の神の目ではなく、世間の目や人の情緒が社会秩序を担ってきたため、それほど無秩序な世の中にならずに済んでいるけれども、かといってこのまま欧米の文化や価値観を一方的に受容し続けていいものか疑わしくなってくる。

とはいえ欧米の科学文明が齎す利便性とパワーには抗しがたく、「ここらでちょっと考えてみようか…」程度のことでどうにかなるものではない。

これに対し前掲のナバホの人たちは日本とはまったく異なる形で欧米の人々とエンゲージしてきた重厚な歴史を持っている。先住民に対する凄まじい迫害の歴史は今や多く人の知るところだが、第二次大戦後は紆余曲折を経てアメリカのほぼ中心部に一定の土地と自治権を獲得し、現在も独自の生活を保とうと努力している。

一方アイルランドにおいても似たような事情の下で新たな価値観や宗教観の模索が起こっているのだという。アイルランドは地理的な事情も相俟ってヨーロッパの中でも比較的キリスト教の影響が少なく、かつてのケルト文化の名残りを今も見ることができる。

その結果、先に述べたような近代科学文明の欠陥や、キリスト教的世界観では解消できない問題に直面した人たちの中から、このケルトの宗教や文化に新たな道を見出そうとする動きが生じできたのである。

河合氏はこれらの地域に住む人たちと会って話をすることは、今後日本人が直面していくであろう問題に向き合う上でも、また日本社会のゆくえをうらなう上でも意義のあることと考え、NHKの協力のもと現地へ向かうことになったのである。

ここまでが長い導入になるが、では前掲書が整体法(野口整体)とどのような関係があるのかについても簡潔に記しておくことにする。

整体法は日本の近代化の潮流の中で生まれ育った独自の体育理念である。体育といっても、いわゆる子どもの成長期に限定されるそれとはまったく異なるものである。

整体法のいう「体育」とは野口による独自の死生観や宗教観の中で受胎と同時に始まり最後の息を引き取るまで行われるもので、医療、教育、宗教といった垣根を越えた総合的な「からだ育て」を指している。

もともとヨーロッパやアメリカにおける教育や医療はキリスト教的世界観や倫理観に則した目的で用いられてきたのである。それが日本に輸入される際にキリスト教はキリスト教、医療は医療、教育は教育といった形で、時期こそ重なっていたがそれぞれが個々に分断された形で入ってきた。

これら西洋式の医療や教育法は、はじめのうちこそ日本文化の価値観に基づいて実施されてきた。しかし西洋の一神教に基づいた合理主義的な思想は強固な論理性と普遍性を具えているために、異文化の価値観や宗教観を排斥する力がはたらきやすい。

例えば江戸時代に入ってきた西洋医療の種痘の法や開腹手術などは当時の日本における民間医療や漢方医学の観点からは受け入れがたく、その実施を巡っては様々な摩擦や抵抗が生じた。

しかしその高度な合理性や効能が認められると、徐々に漢方医学の権威は消沈し、明治維新後の医制発布をもって西洋医療を正当と認めさせるまでに至ったのである。

そして和魂洋才などといって科学文明の利器を日本的精神や文化に基づいて有効利用していた時代が過ぎ去ると、やがて人間の身体や生き方にまで機械論や合理主義が適用されるようになってきたのである。

昔だったら人が死ぬと極楽に行ったり地獄に行ったり、あるいはご先祖様になったりといったいわゆる「あちらの世界」に行くと思っていたものが、自然科学の世界観が浸透することで死は人体の老朽化や損壊による生命活動の停止を意味するようになった。

その結果、保健衛生と言えば機械論に基づいて、できるだけ体を壊さないように安置保存し、栄養を充分に取って多く眠ることが考えられるようになってきた。これに伴って精神的な豊かさを表す生きがいや幸福感などは、物質的な豊かさの追求へと集約されていったのである。このような考えは高度経済成長期の昭和三十年代にとくに顕著であったと考えられる。

次第に「現代は物は豊かになったがこころは貧しくなった」などと揶揄されるような社会情勢を生み、アメリカやヨーロッパの人たちとはいきさつは違えど、現代の日本においても物質的豊かさの充足とは別に「いかに生き、いかに死ぬか」といった問題について考える必要が生じてきたとも言える。

つまり貧しかった時代には生きる目的は生きることそのものだったが、最低限の生活が保障されるようになると今度は便利で快適な生活を求めるようになった。便利で快適な生活を追い求めることに際限はないが、人間の生には限りがある。人間が生まれた以上、老いて、死ぬ、という事実は変わらないためにモノがいくら豊かに溢れても、死の問題に対する答えはやっぱり個々に創造しなければならないのである。

近年の日本においてヨガのようなボディワークやスピリチュアリズムが流行する背景には、上に記したような構図が微妙に作用しているのではないかと思われる。

そうした風潮の中で野口整体に興味を示す人に会うと、表面的には健康の問題に新たなアプローチ法を求めているように見えても、いろいろと話し合っていうちに「生とは何か」、「いかに死を迎えるべきか」といった問題まで射程に入れた新たな視点の医術を求めているように感じられることがしばしばある。

このようにそれぞれの地域差はあっても、西洋近代文明の利点と限界、問題点を突き付けられた時に処方される「薬」のような存在として、前述のナバホやケルトの文化、そして野口整体は立場を同じくしているように私には考えられるのである。

こうした事情から前掲の二書を読むと自分自身の職業的立場からも学ぶところが多かった。次回からはその中でも特に示唆を受けたと感ずる所を中心に所感を書いて行こうと考えている。

きちんとした纏まりを維持できるかわからないが、読んだときの情感をなるべくそのままお伝えしたいので要約などということを考えず、感じたことを素直に記そうと思う。