なぜラジオ体操をすすめないか

『ケルト巡り』に関する話の途中だが、少し気になる記事を目にしたので記憶から流れ出て行かないうちに書き留めておこうと思う。

タイトルの「なぜラジオ体操を…」は津村喬による『東洋体育の本』(別冊宝島35 1988年)からの引用である。

いつごろかは定かでないが、ここ数年ラジオ体操がブーム再燃という噂を耳にした。特に最近はコロナ禍の運動不足解消という目的と相まって主に中高年層を中心に実践される方が増えたという。

断っておくがこの記事は「私はラジオ体操をすすめない」という主張が目的ではない。職種や生活習慣にもよるけれども、現代人は概ね運動不足が問題視されて久しい。そのためラジオ体操のような画一的なリズム体操でもやらないよりはやった方がマシ、という人は少なからずいることは確かだろう。

ただ私の目を引いたのは「ラジオ体操をすすめない」といった津村氏の主張がなされたのが1988年という、かなり早い時期であった点である。

88年というと私は小学5年生、毎週月曜日に校庭でラジオ体操して校長先生の話を聞く、という生活をなんの抵抗もなく送っていた。この時に「こういう運動はそもそも…」という批判を聞いても、「変わったことを言う人がいるな」という程度でさして響かなかったのではなかろうか。

ちなみにラジオ体操が今の形に落ち着いたのは1951年まで遡る。以来その効能の是非については大きな批判はもちろん、さしたる点検もなく実施されてきた歴史が伺える。【ラジオ体操】歴史(起源~現在)を解説!最初に広めたのは誰?

津村によるラジオ体操の見解がいかなるものか、少し長くなるが以下に引用する。

日本の近代社会にあって、ラジオ体操の占めた位置は大きなものでした。それは西欧的な体育館にもとづくからだの使いかたを普及しただけでなく、ラジオを聞いてその言うとおりにからだを動かす習慣を定着させました。

ラジオ体操にも博物館に入ってもらっていいころだと思います。筋肉にはずみをつけて動かすことで、弾力性はある程度ついても、進展性、柔軟性、持久性はつきません。NHK文化の中でさえこれへの反省が進み、アメリカから来たストレッチングが大流行です。

しかし、各人のからだの個性に合わせたものを、「からだの言いぶん」にもとづいて作っていく姿勢がないので、まだ笛を吹いて号令をかけてやっています。

体育とは、個体化=個が全体性を回復していくひとつの道なのです。そこを抜きにした画一化のための体操はすべて反動的なものです。(『東洋体育の本』p.126

当時の時代性を考えれば、この津村による指摘は注目に値する。

実はこの視点は野口整体と無関係なものではない。同氏は『気で治る本』(別冊宝島220 1995年)の企画・構成にあたり、野口整体の紹介にかなりのページを割いて詳らかに解説をしている。本書によれは津村は若かりし頃に整体協会にも入会し、活元会にも出席していたことが記されている。(同書 p.116)

そもそも私のような整体法を専一に実践している者からすれば、津村氏は野口整体とは畑違いの出身でありながら整体法の真価を直感的に見抜き、擁護、普及に努めた一人であり、「恩人」的感覚を抱いている。

若くして東洋の医学や身体文化に深い造詣を示し、当時の国際情勢によってスタンダードと考えられていた欧米の文化に対して客観的な評価を下せる稀有な人材の一人だったと言えるだろう。

斯くして「個人を無視してはいけない。治療であれ養生法であれ各人の個性を理解し、個に特化した方法を都度構築しなければ、真の治療も教育(からだそだて)もできない」という主張が半世紀以上前からなされているのである。

しかしながら現代は依然として十把一絡げ式の画一的な方法が横行している。ましてや没個性の具現ともいえるラジオ体操の人気が再燃しているというのだから、この問題はなかなか根が深い。

誤解のないように繰り返しておくが「ラジオ体操が間違い」だとか、「やらない方がいい」という話ではない。それはそれで意義はあるけれども、生きた人間のからだ、個人のからだ、わたしのからだを育むためには、それだけではまかないきれない部分があることを忘れてはならないのである。

スポーツも同様である。体育やレクリエーションとして優れた面を持つ一方で、勝敗や記録に拘る余り怪我や故障といった問題が尽きない。それは客観的評価という外のものさしに合わせて動こうとするあまり、自身の内なる感覚を無視した無理な動作が繰り返し行われることが原因として考えられる。

ラジオ体操のような万人向けに定められた形を忠実に行うときには、身体内で展開する主観的事実にも開かれた心を持つことが肝要なのでる。

例えば自分の脈や呼吸の快・不快といった事実は客観的にとらえることは不可能である。例えば持久走などは「苦しい」という主観的事実に理性で立ち向かい、いかに走破タイムを縮めるかが主眼となる。これを東洋的な身体観に照らせば、生活とは無関係のところでただ速く走るために走るなどという行為は不可解と考えられる。

「苦しい」というのは走るスピードを緩めよという「からだからの言いぶん」なのである。からだの要求に従うことは大自然の秩序に対し頭を垂れることであり、自然を人間と同等かそれ以上にみる東洋においては謙譲の美徳とさえ考えらえる。しかし西洋的な自然観に照らせば、「苦しいから走れない」という事実は自分よりも下位に位置する自然(肉体)に屈服することであり、人間としての意思薄弱を意味する。

身体を自然と同一視した場合、東洋では身体は自然からの賜りものであり畏怖と畏敬の対象であるが、西洋では早くから身体を意識と肉体に分け、この肉体の生理的はたらきや動作を理性でいかに統制するかを考えてきたのである。

日本は明治の開国以来この東洋的身体観と西洋的な心身分離の思想が併存する雑種的文化を形成してきたと言えよう。普段はスポーツを含め科学的な体育や医療が標準と考えらえているが、ひとたびその有効性や論理性が疑わしい場面に出くわすと、東洋的な自然観や身体観が表出してくる傾向がある。

この場合、どちらが正しいとか優れているかということよりも、主観と客観を明確に分けて理解することが肝要である。具体的にいえばラジオ体操を行う時にも「からだの言いぶん」に傾聴するように静かな意識で行なえるとよい。

そもそも人間が意識を使わずに生活するなどということ自体が不可能である。だからこそ人間にも意識以外のはたらきがあることを自覚し、これを主体的に訓練する必要性を野口整体は一貫して主張してきたのである。

安易な発想だがラジオ体操の後で偏り運動を正す意図で活元運動を行うと面白いかもしれない。あれはよいけれども、これはダメ、というのではなく互いに補償し合う関係として相乗的に活かす道を開拓することが大切である。こうした西洋・東洋に関する発想は河合隼雄のものでこれについては『ケルト巡り』よく記されている。

このような視点で観ていくかぎり近代文明上に生じる様々な問題を立体的に捉えることができる。意識以外のはたらき、潜在意識や無意識といかに付き合っていくかということが現代をよく生きるための鍵なのだ。

ケルトとナバホ

一ヶ月くらいかけて河合隼雄の『ケルト巡り』と『ナバホへの旅』を読んでいた。こちらは著者がNHKの企画でアイルランドとアメリカ先住民の住むナバホを訪ねた時に書かれた随想録のような本である。

『ケルト巡り』
『ナバホへの旅』

河合隼雄と言えばユング心理学を日本に広く知らしめた心理学者、心理療法家としての認知度が高い。しかし同氏はそれだけにとどまらず、「個人の心理」を飛び越えて広く日本人全体のこと、さらには人類全体にまで視野を拡大して「こころ」や「たましい」について考え続けた学際的な学者の顔も持っていたことでも知られる。

晩年は文化庁の長官も務めながら「日本人全体のカウンセリングをしている」などと言われていたことを知ると、上に書いたことがより理解できるのではないだろうか。

さて上記の二冊は順番として先ずアメリカ先住民の里であるナバホを著者が訪ね、次にアイルランドのケルトにも向かったのである。こちらのブログでは順序が逆になるが(私の読んだ順番がそうだったので…)まず『ケルト巡り』の方から先に感想、というか感ずるところを書いてみようと考えている。

そもそも事情を知らないと「心理学者がなぜそのような地に赴いたのか」という疑問が湧くが、これについての説明も冒頭でなされているので先に触れておくべきだろう。

ごく簡単にいうと、カウンセラーとして深い悩みを抱えるクライエント(現代人)の心に向き合っていくと次第に視野が拡張されていき、やがては個人の悩みを超えた近代文明の問題まで考えざるを得なくなってくる。ここでいう「近代文明」とは、換言すれば欧米を中心としたキリスト教文化圏に興った科学文明のことである。

もともとは神を至高に据える世界観の中で、人間は被創造物として慎みをもって生きるものと考えられていた。しかし科学の進歩によって意識の上で神の存在が否定されると、空席となった神の座には人間が代わって座ることになったのである。

神の存在が理論的に否定されても人間の作り出した法や秩序といった合理的な社会が続いていくのだから、ここだけ見ればさして問題はないようにも思えるが、現実はそう上手くいっていないのだと河合氏は言う。

近代科学のパラダイムでは扱える対象が限られている。それは具体的にいうと視覚化できるモノの現象が中心なのである。たとえばガリレオがピサの斜塔から鉄球と木製の球を落として物体の質量と落下速度の因果関係を確かめようとすれば、それは誰の目にも明らかな結果として映る。しかしこのような物質現象以外の問題となると話は変わってくる。

例えばAという人物が家族を失った悲しみとBという人物が同様の体験から生じた悲しみはどちらの方が深いか、あるいはその悲しみを癒すためにはどうすればよいか、などという問題になると近代科学の手には負えなくなる。(現実には「薬の処方」などがなされるのだが…。)

さらに、A氏はその後でアルコール依存症の患者になった、などといっても「彼は突然妻を失ったためにアルコールに依存するようになった」という因果性を科学的に実証することはできない。現にB氏は同じような境遇にあっても、アルコール依存になることなく外見上は前と変わらない生活を送っている、といったこともあるのだから当然である。

つまり客観性や普遍性、そして再現性を重んじる近代科学の世界において、個人的な心の体験、あるいは自分や自分にとって近しい人物の病苦や死といった問題に共通の因果性を見出したり、同じ治療法を適用したりすることは不可能なのである。

科学万能という言葉は人間を肉体と精神に分ける(霊肉二元論を基とする)西洋近代文明の世界観の中だけで通用する考え方といえる。

しかしこうした問題が明瞭化する前の20世紀までは「科学が進歩すれば、それだけ人間は幸福に近づく」と考えられていた。確かにある所まではそうした考えも受容できるが、21世紀が近づくにつれてだんだんと科学が万能ではなかったことが分かってきたのである。

そして近代科学ではどうにもならない「私の」心や死の問題に対してたまりかねた人たちの中から、アメリカ先住民の生活スタイルや宗教観(彼らはそれを宗教「religion」とは呼ばないそうだが)に学ぶ姿勢を示したり、あるいはアイルランド地方に幽かに残るケルトの文化から近代人が失った「何かを」学ぼうとしているのだという。

翻って日本のことを考えるとどうであろうか。

日本は19世紀という東洋では比較的早い段階から欧米化が推進され、短期的には成功を収めたように考えられていた。これはキリスト教文化圏以外において異例中の異例といえる出来事である。現実に20世紀までは先進国といえば日本以外は全てキリスト教文化圏の国であることを考えれば、何故このようなことが可能であったのか今もはっきりとした理由は判っていない。

ともかく明治維新後は和魂洋才の精神で欧米列強の覇権主義に対抗し何とか自国の権益を確保したまではよかったが、経済は軒並み困窮を続け後に敗戦、戦後は極度の飢餓常態から大変な努力をして高度経済成長期を築き上げるといった大きな浮き沈みを味わってきたのである。

このような「忙しさ」の中で物資の窮乏と物質的な豊かさの天国と地獄を味わい、いつしか心を亡くしてモノやおカネばかりを追求する生き方が強調されるようになったと考えられる。

もちろん現代を生きていくうえでお金が重要な役割を持つことは事実だが、昔に比べて経済的に豊かになったのに対し、人々の幸福「感」はそれほど充足していないというパラドックスが生じてきた。そうした社会情勢の中で精神的に病む人や自殺する人が増え、青少年の間ではいじめや無慈悲な犯罪が目立ち始めている。

それでも日本はキリスト教やイスラム教のような一神教の神の目ではなく、世間の目や人の情緒が社会秩序を担ってきたため、それほど無秩序な世の中にならずに済んでいるけれども、かといってこのまま欧米の文化や価値観を一方的に受容し続けていいものか疑わしくなってくる。

とはいえ欧米の科学文明が齎す利便性とパワーには抗しがたく、「ここらでちょっと考えてみようか…」程度のことでどうにかなるものではない。

これに対し前掲のナバホの人たちは日本とはまったく異なる形で欧米の人々とエンゲージしてきた重厚な歴史を持っている。先住民に対する凄まじい迫害の歴史は今や多く人の知るところだが、第二次大戦後は紆余曲折を経てアメリカのほぼ中心部に一定の土地と自治権を獲得し、現在も独自の生活を保とうと努力している。

一方アイルランドにおいても似たような事情の下で新たな価値観や宗教観の模索が起こっているのだという。アイルランドは地理的な事情も相俟ってヨーロッパの中でも比較的キリスト教の影響が少なく、かつてのケルト文化の名残りを今も見ることができる。

その結果、先に述べたような近代科学文明の欠陥や、キリスト教的世界観では解消できない問題に直面した人たちの中から、このケルトの宗教や文化に新たな道を見出そうとする動きが生じできたのである。

河合氏はこれらの地域に住む人たちと会って話をすることは、今後日本人が直面していくであろう問題に向き合う上でも、また日本社会のゆくえをうらなう上でも意義のあることと考え、NHKの協力のもと現地へ向かうことになったのである。

ここまでが長い導入になるが、では前掲書が整体法(野口整体)とどのような関係があるのかについても簡潔に記しておくことにする。

整体法は日本の近代化の潮流の中で生まれ育った独自の体育理念である。体育といっても、いわゆる子どもの成長期に限定されるそれとはまったく異なるものである。

整体法のいう「体育」とは野口による独自の死生観や宗教観の中で受胎と同時に始まり最後の息を引き取るまで行われるもので、医療、教育、宗教といった垣根を越えた総合的な「からだ育て」を指している。

もともとヨーロッパやアメリカにおける教育や医療はキリスト教的世界観や倫理観に則した目的で用いられてきたのである。それが日本に輸入される際にキリスト教はキリスト教、医療は医療、教育は教育といった形で、時期こそ重なっていたがそれぞれが個々に分断された形で入ってきた。

これら西洋式の医療や教育法は、はじめのうちこそ日本文化の価値観に基づいて実施されてきた。しかし西洋の一神教に基づいた合理主義的な思想は強固な論理性と普遍性を具えているために、異文化の価値観や宗教観を排斥する力がはたらきやすい。

例えば江戸時代に入ってきた西洋医療の種痘の法や開腹手術などは当時の日本における民間医療や漢方医学の観点からは受け入れがたく、その実施を巡っては様々な摩擦や抵抗が生じた。

しかしその高度な合理性や効能が認められると、徐々に漢方医学の権威は消沈し、明治維新後の医制発布をもって西洋医療を正当と認めさせるまでに至ったのである。

そして和魂洋才などといって科学文明の利器を日本的精神や文化に基づいて有効利用していた時代が過ぎ去ると、やがて人間の身体や生き方にまで機械論や合理主義が適用されるようになってきたのである。

昔だったら人が死ぬと極楽に行ったり地獄に行ったり、あるいはご先祖様になったりといったいわゆる「あちらの世界」に行くと思っていたものが、自然科学の世界観が浸透することで死は人体の老朽化や損壊による生命活動の停止を意味するようになった。

その結果、保健衛生と言えば機械論に基づいて、できるだけ体を壊さないように安置保存し、栄養を充分に取って多く眠ることが考えられるようになってきた。これに伴って精神的な豊かさを表す生きがいや幸福感などは、物質的な豊かさの追求へと集約されていったのである。このような考えは高度経済成長期の昭和三十年代にとくに顕著であったと考えられる。

次第に「現代は物は豊かになったがこころは貧しくなった」などと揶揄されるような社会情勢を生み、アメリカやヨーロッパの人たちとはいきさつは違えど、現代の日本においても物質的豊かさの充足とは別に「いかに生き、いかに死ぬか」といった問題について考える必要が生じてきたとも言える。

つまり貧しかった時代には生きる目的は生きることそのものだったが、最低限の生活が保障されるようになると今度は便利で快適な生活を求めるようになった。便利で快適な生活を追い求めることに際限はないが、人間の生には限りがある。人間が生まれた以上、老いて、死ぬ、という事実は変わらないためにモノがいくら豊かに溢れても、死の問題に対する答えはやっぱり個々に創造しなければならないのである。

近年の日本においてヨガのようなボディワークやスピリチュアリズムが流行する背景には、上に記したような構図が微妙に作用しているのではないかと思われる。

そうした風潮の中で野口整体に興味を示す人に会うと、表面的には健康の問題に新たなアプローチ法を求めているように見えても、いろいろと話し合っていうちに「生とは何か」、「いかに死を迎えるべきか」といった問題まで射程に入れた新たな視点の医術を求めているように感じられることがしばしばある。

このようにそれぞれの地域差はあっても、西洋近代文明の利点と限界、問題点を突き付けられた時に処方される「薬」のような存在として、前述のナバホやケルトの文化、そして野口整体は立場を同じくしているように私には考えられるのである。

こうした事情から前掲の二書を読むと自分自身の職業的立場からも学ぶところが多かった。次回からはその中でも特に示唆を受けたと感ずる所を中心に所感を書いて行こうと考えている。

きちんとした纏まりを維持できるかわからないが、読んだときの情感をなるべくそのままお伝えしたいので要約などということを考えず、感じたことを素直に記そうと思う。

あと半分の教育

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を観た余韻そのままに、本棚から何気なく井深大の著書『心の教育』を手に取った。本書は1985年に出版された『あと半分の教育』に一部改訂を加えて復刊されたものである。

外観的にはコンパクトにまとまっているが、第一次資料を丁寧に引きながら戦後教育が作られた背景を洗い出し、今後の展望まで示唆する一書である。

本書の冒頭では日本近代史は40年ごとに節目を迎えている、という一つの歴史観を紹介している。

その起こりを1865年とし、同年は日本が諸外国からの圧力と国内から起こってきた改革派による革命運動の混乱から元号を慶応に改めた年であった。結果的にはこれが江戸時代の終焉を飾る最後の元号となる。

40年後の1905年は日露戦争の終結を迎えた年で、さらに下って1945年は敗戦の年にあたる。そして戦後40年は日本国中で大変な努力をして高度経済成長期を生み出し、近代化以降はじめて物質的な豊かさを確立した期間である。その節目を1985年に置いている。

さてここからさらに40年経つと2025年、いよいよ21世紀に突入し出版当時の年代からはイメージすることもむずかしい域になる。

しかし著者は教育という視座から今(1985年に)大転換を行わねば、40年後の日本は決して明るいものにはならないと警鐘を鳴らす。

当時から学歴至上主義の弊害、いじめ、非行といった問題が社会を悩ませてはいたものの、これらについてはすべて「対症療法」が行われただけで、近代化以降、とりわけ戦後教育の抱える根本的な問題点については不問のままであったことを同氏は厳しく指摘(糾弾)する。

行政の失策、怠慢に対して厳しい指摘を重ねた末にたどり着いた解答は、もはや教育を「専門家」に任せておくわけにはいかない、というものであった。

ここでいう専門家とは強いて限定すると義務教育を担う小・中学校ということになるだろうか。では専門家に任せず如何にすべきか、という問いに対し著者は家庭での躾・教育を再興することだと力説する。

躾・教育は家庭でするもの、といえば何の変哲もない一般論に聞こえるが、この国の戦後においてそれは非常に大きな意味を持つ。

誰もが知っているように、戦後焦土と化した国家を再建すべく、物資の確保とこれを支える人材育成に奔走した。しかし人材といってもそれは効率よく「物」を生み出すための人海戦術の一員であり、無個性で代替可能な「労働力」の増産が主要テーマだったのである。

還元すればGDPを高めることに夢中に過ぎて、情緒や感性、倫理観といった人格を育てることをどこかに置き忘れてしまった、ということである。著者が唱える「あと半分の教育」とはこれである。

しかし今から振り返るといろいろな欠陥に満ちた「間違った戦後教育」で括られてしまいがちだが、当時は日本国全体を覆う飢餓の問題から脱する急務があったために当時は当時の最善を尽くした結果と見ることもできよう。

ともかく井深氏は前掲書に遡って1969年には幼児開発協会を設立し、以後『幼稚園では遅すぎる』 『0歳からの母親作戦』など幼児教育、そして胎教の意義、重要さを主張する著作を段階的に出版している。

さて、それでは心の教育とはどうあったらいいのか、というと本文中に「これからの教育に必要なのは、家庭教育の見直し」と題して、著者が試論的にまとめた具体案が記載されている。

多少の主観が交ざるがその要点を纏めるとおよそ次のようになる。

0歳児からの教育を意識し、その際に愛情と信頼に基盤を置いたしつけを行うこと。

胎教の研究を促進し、その成果をもって親の教育に反映すること。

母親の職場進出の増加にあいまって、幼稚園と保育園の役割が重要になる。よって両者の役割の明確化や整合性を図る必要性がある。

読めば確かにその通りだが、出版から40年後にあたる2025年を2年後に控えた現在、これらのことはまったく手つかずのままである。そして不登校や引きこもり、いじめ、自殺と言った児童を取り巻く問題は増え続けているのだから、井深氏の懸念は的中するも、解決案は空念仏に終っていることになる。

ともかく同氏が高度経済成長期のまっただ中に戦後教育の欠陥に気づき、その解決策として0歳からの教育を掲げた直観力と先見性には驚くばかりである。しかもここでいう「ゼロ歳」というのは数え年の感覚を残している。つまり数えでは生まれたら一歳なのだから、ゼロ歳児とは胎児のことで胎教に重きを置く考えである。

こうした考えは野口整体のそれとおおむね軌を一にするけれども、実は井深氏は整体協会で行われていた野口先生の講義にも出席されていたそうである。人間を観る、ということに関しては一企業人と整体指導者とで相通じるものがあったのかも知れない。

胎児からの育児、を考えるなら当然のことながら母親を無視するわけにはゆかない。整体では母胎内からもうすでに育ちつつある我が子を意識した生活を勧める訳だが、そこには母親になるための教育も必要になる。

これこそが育児のための本当の教養「あと半分の教育」なのだが、それは頭でする勉強ではなく意識を鎮めて身体の感覚を優先させるという身体性の世界である。

これにより母親と胎児との見えない心のつながりを意識して、産後もこの「つながり」をできるだけ保つように心掛ける。そのためには母親はもちろん、父親も、おじいちゃんもおばあちゃんも、みんながこれを支えるべく深い理解と惜しみない協力が必要である。

しかしながら現実は核家族や共働きの増加に伴って、上のような在り方は徐々にむずかしくなっているのだから悩ましい。むしろ子どもはなるべく手がかからないで済むように、できるだけ早く自立させ、「しっかり」するように文字や計算といった知育の時期が繰り上げられている傾向すらある。

現実はけっしてかんばしい方向にはない訳だが、だからこそ先に紹介した解決案の内の「胎教の研究を促進し、その成果をもって親の教育に反映すること」は是非にも推進したい内容である。

胎教に関する研究結果は探せばいくらでも入手することができるので、有志の方は是非にもそうした情報を活用して実践していただきたいと願う。母国、という言葉があるけれども、文字通り母は国をも創造する。

次なる40年を明るく拓かれたものにするために必要なのはこれから生まれ育つ新しい力であり、その誕生を支える母親の心と体ではないだろうか。

体癖雑感

やっぱり体癖から整体法に興味を持たれる方は多い。最終的に人が最も興味を示すのは人なのかもしれない。

自分のことも知りたいし、他者のことも知りたい。体癖が好まれる背景にはこういう心理的な背景があるのではなかろうか。

さて情報過多の世の中なので「体癖」について調べようとするといろいろな情報が舞い込んでくる。

しかしせっかくちくま文庫に野口晴哉の自著『整体入門』と『体癖』が入っているのだからまずこれを読まないで過ごす手はないだろう。

個人的には『体癖』の中の、生物の活動の根元を漠としたエネルギーの集中分散に還元した「平衡要求の二方向」という試論(?)が圧巻だと思っている。

また別のところで述べている「ヒョッとしたら体癖のもとは波であるかもしれない。」という筆者の憶測を含んだ表現は、著者の体癖論が未完であることを物語っている。

そしてこの体癖の研究はとても一代限りでは完遂しないという見込みから、整体協会を社団法人にしてこの経験知的財産を後世に託したのだという。

体癖現象、体癖素質がなぜ生じるのかを省察し、またその使い方、活かし方を開拓するのは整体を知った私たちの務めである。

中には「体癖」を新手の占いの様に考えている人もいるみたいだが、実際はフィジカルな事情が深く関与したもので一定の論理性と客観性を具えていることを見落としてはならない。

捻じれや開閉などといった身体的な特徴(体癖現象)が生じる背景に、そうした行動や体型を生む感受性の傾向を認めているところは重要な視点である。

この感受性傾向が形成される原因はというと、まず両親の組み合わせ、そして胎教と生後1~3年余りの過ごし方が深く関与しているのではないか、というのが現在私が立てている仮説である。

この体癖が解ると何の役に立つのか、どう役立てられるかというと、人間理解のための一つの指針を得られるといったところか。

整体指導のプロであれば個人に起こる病気の扱い方、体調や生活のあり方を指導するうえで一定の普遍性を具えた座標を得ることができる。

ただしこれは文字の知識だけでなく、ある程度体験を積んで精通してからでないと難しい。

さらにこういう個人を特定の類型に分けて考える類型論は、理論が先行してしまい個人を見る目が却って粗雑になるという問題がつきまとうので注意がいる。

具体的に言うと、ある一人の人間をすぐに彼は〇〇型とか△△型…というふうに決めつけてしまい、類型論のおかげで却って個人の理解が浮薄になるというパラドックスが生じてしまうのである。

プロの心理療法家や臨床家は「個人」というものが「いかに個性的か」ということを体験的に知っているためこのような過ちを冒しにくいが、初心の方がネットに散らばる体癖論を読みかじった場合はまず気を付けたい点である。

一方で多くの方が興味を持ってこの体癖を研究することはこれまで科学で捉えきれなかった「生きた人間」、そして「個人」を知るうえで価値のある行為である。

核となるのはやはり野口先生が集中分散を繰り返すと言った「エネルギー」の正体だろう。

日本語では「気」の一字に集約されるが、これは物理的(つまり視覚的)に捉えられられない「漠とした何か」のようである。

また「気は気でのみ感ずることができる」とも言っておられたので、体癖をより深く理解するためには、一定の客観性に基づいた知識に加え、良質な体験によって磨かれた主観が鍵となる。

そしてこのような事情が体癖論を近代的な学問の俎上に挙げることを困難にしているのである。

ともかく「体癖」は人間を対象とした類型論であるために、人間が生存するかぎり完成に向かって再構築され続ける、という有機的な性質を持っている。

このように考えると、文字で得た体癖の情報を自身に当て込んで私は何型何種だからどのような職業を選び、どう生きたらよい、また誰と付き合ったらよい…、などと考えることがいかに浅薄な見方であるかが理解されるのではなかろうか。

さまざまな体癖的素地があることを認めたとしても、個人や個人を取り巻く環境は複雑多岐であり、類型化できるいくつかの性質を具えた唯一無二の自分を「いかに生きるか」という問題は生涯を通じて向き合うべき一大テーマである。

科学的医療や科学的教育の浸透に伴い、近年とくに「人間」というものの捉え方が無機的になりつつあることは周知の事実である。こうした風潮に毒された頭では体癖という現象学的な経験知を前にしても、その真価に触れることはできない。

野口先生の奥様は「整体の道は、知識ではなく体験を通してのみ理解できると思っております。」という言葉を遺されており、こちらも整体という大きな知識体系が愉気や活元運動という主体的な経験を伴ってはじめて立体的に体得、体認されるものであることを示唆している。

斯くいう筆者はというと、例えば「体癖」に関する体験的理解度はまだ10%にも満たない、と思っている。そのため今なお興味を失わずに臨床を続けているのだが、これがなかなか難しい。

特に個々の腰椎と各感受性との関連はどういう事情によるものか、いまのところ見当がつかず、脳科学の新たな進展を密かに待っている始末である。

ともあれ入り口はまず「知ること」である。体癖に興味を持たれ方には先ず原書に触れることを必ずお勧めしている。そして良い導き手を求めて、正しく整体を実践されることが体癖理解の第一歩であることを改めてここに強調しておく。

泣く子

むかし社会科で「泣く子と地頭には勝てぬ」という言葉を聞かされたが、地頭の方はともかく泣く子にも勝てぬというのは今からするとおかしいように思う。

子どもは大人よりもずっと心が開かれているのだから、丁寧に応対すれば泣く子の気持ちも理解できるし、ささくれだった心をなだめることだってできる。自分で子どもを持った経験からこれは確信している。

なぜこんな話かというと、最近外出するとどうにも気になる場面に出くわすからだ。

町に出るとベビーカーに乗せられた子どもが泣いている。それはしょうがないけれども、母親は泣いている子どもを放ったまま黙ってクルマを押している。別段急いでいる様子もない。

あるいは父親が娘を電動自転車に乗せている。前乗せのシートでやはり泣いているのだが、信号待ちで何か言ってあげるのかと思うと、こちらも何かラジオの雑談でも聞き流しているかのようにまったくの無視である。

こういう時に何故ひとこと「どうしたの?」といってあやしてあげないのだろう、と思う。いや親と言えど人間である。虫のいどころ次第で子どもの泣き声が腹立たしく聞こえることもある。たまたまそういう場面に出くわしただけかもしれないが、それにしてもむかしはあまり見ない光景だったように思う。そのむかしの記憶もだいぶおぼろげなのだが…。

三つ子の魂云々…というのももはや死語かも知れない。しかし整体の潜在意識教育という観点からいえば(そんなもの持ち出さなくても)上のような行為は子どもの発育を歪める。

子どもの頃なんてどうせ覚えていないのだから、もう少し大きくなったら…、などと思っているとしたら10年後20年後に手痛いしっぺ返しを食うことになるだろう。

まあその頃になるともう自分が子どもに何をしたかなんて覚えていないのだろうから、うちの子が急に反抗し出した、他所で事件を起こした、暴力を振るった、という認識になるのかもしれない。胎教をはじめ自分のやってきた育児と、現在の子どもの行為の因果性など想像もつかないのではないだろうか。

ともかくこういう子育てが子々孫々繰り返されれば人間の世の中は殺伐としたものにならざるを得ない。世界の元首があつまって平和な世の中、慈愛に満ちた世界を作りましょうと言ったところで、根本的に人が人を信じていないのだから武装解除も核の廃絶も為し得ない。

とはいえそもそも競争と闘争は生き物の常なのだから、戦争や紛争をどうの…ということ自体がナンセンスなのかもしれない。

それはともかく生き物が自分の種子を十全に育てられなくなったとしたら、それはその種(しゅ)全体が縮小の方向にあるのではなかろうか。

これも人間が増え過ぎたことによる随伴現象だと思えばマクロにおいては納得できないこともない。とはいえミクロの視点からいえばそういう風に育てられた子はゆくゆくは本人のみならず周囲をも不幸にしかねない。

ヒトラーの例を出すまでもないだろうが、子どもの頃に与えられた不遇の記憶は時間を経て変質し思わぬ形で噴出する。

「少しくらいは放っておく方が子供は早く自立するし、タクマシク育つ」などという乱暴な意見もいまだに耳にするが、これは保護者・養育者の怠慢を是認するための詭弁にしか聞こえない。

確かに放っておかれた子どもは早く自立する(ここでの自立とは自分で身の回りのことができる、という程度の意味である)。栄養を欠いた子は早く歯が生え、早く歩きはじめる。泣いても要求を受け入れてもらえない子は言葉を早く覚える。

野性動物として育てるなら成長は早い方がいいかもしれないが、人間としてよく生きる道に導こうと思えば先ず感情を豊かに分化させ、細やかな情緒を育まねばならない。そのためには言葉を話すのも、人見知りをするのも遅いほどよい。そうなると当然独立期も遅くなるが、その方が心の清らかな時期も長くなり素直に伸びるのである。

そのため保護者には子どもが言葉を話さなくとも、要求を察知して叶えてやれるだけの感性が要求される。頭だけが賢しらに発達し、覚え込んだ「育児法」を押し付けるようなガサツな育児を繰り返していては、子育てに欠かせない野性的な勘は退縮する一方である。

こういう親によって全く要求を聞いてもらえなかった場合は自分の感情がわからない大人に育つ。感情が分からないと大人しいかというとその逆で、衝動的に感情に支配される大脳的弛緩状態が常となる。

また中途半端に理解されたり、されなかったりといった場合は早くから賢しらな言葉を無理解に駆使するようになる。俗にいう「ませる」というのはこれである。

早く育った子はゆったり育った子に対して何かと優位になることが多い。そのために先に獲得した知恵で意地悪をしたりいじめたり、ということも出てくる。

すべてが悪い方向に行く、というような言い方はちょっと主観に偏りすぎかもしれない。しかし客観性・普遍性ということを当てにしていては間に合わないところまで、相当に大衆心理が歪んでいるように思えてならない。

不遇な環境で育ったがために立派になった人もないかもしれないが、このようなケースでもどこかできちっと愛情を受けていなければ十全な発育は望めないと私は思う。感情が豊かにはたらき、心にゆとりのあるやさしい子に育てようと思えば心を細やかに受け取ってまめやかに観ていくよりほかない。

忙しくてとてもそんなことはやっていられない、という人は「児童は、人として尊ばれる…」からはじまる児童憲章を一度読まれるとよいと思う。

「なにもそこまでやらなくても死にはしない」という言葉も嫌いである。死なない程度の育児でよいなら今の日本なら誰でもできる。その点子どもは元来丈夫なのである。しかし一人の子どもの内にこころがあり、そこに一つの宇宙があると思えばその世界を憎悪や窮乏、絶望に染めてはならない。

よってすべての母親、父親は一つないし二つ以上の世界の創造主の資格を持つ。自分が神さまと同じ立場にあると思えば、泣く子を前にしたときに自ずと慎みと敬虔さを具えた態度になるのではないだろうか。

整体生活

気がつけば「野口整体」という言葉を最近口にしなくなった。巷でもあまり聞かなくなったような気がする。

なんというか、2002年に『整体入門』がちくま文庫に入った時が第一次のピークだったように思う。

私が整体法の存在を知ったのが2005年だったので、今にして思えばインフラの波に乗っかった形なのだろう。

それから徐々に小康状態になりつつあるも、最近は「体癖」だけが整体法から遊離して一人歩きしている感がある。

さて本来の整体ということを考えていくと、つまるところそれは「生き方(=死に方)」に集約される。私の先生はそれを「心の態度」と言い表していたけれども、まあそういう面が強い。

野口先生が治療から体育指導、そして教養の付与という在り方にシフトしたことからいえば、同氏の最晩年10年間師事した私の先生が心の態度と表現したのは尤もである。

「整体」であるためには「整体を保って生きよう」という意欲がまず要求される。その結果整体生活が形成されていくのだ。

一口に整体生活といっても、それは何だろうか。この前の教室で整体生活とは何?という話しになって、ちょっと詰まってしまったので考えた。

風邪を引いたら足湯をすることだと思っている人もいるみたいだがそれは違う。足湯は一つの方法論で、これが整体だといったらそれはもう形骸化した死にものである。

薬を飲まない、ということが印象につよく刻まれる方もいるだろうがこれも違う。そもそも野口晴哉は薬を飲まないことを要求していない。

これらはみな整体生活の結果として生じてくる副産物であり、影に過ぎない。

整体生活を端的にいえば「裡の要求を活かす生活」ということになるだろうか。「全生」という言葉もあるけれども、こういう言葉は下手をすると人を観念の遊戯に陥れてしまうから注意がいる。

全生せよ、要求を活かせ、というとそれだけで何か立派なことをやっているような気がしてくる。自分が実質的に何にも変わってなくても、人が集まってお題目を唱えていると群集心理で昂揚する。

こういう類のものは目の前の憂慮から一時的に目を背けられるから中毒性がある。なかなか厄介なのだが昨今は似非宗教でも自己啓発系の団体でもこういう心理構造を使って顧客を囲い込んでいるものが多い。

あるいは自分勝手な我見を振り回し、要求を垂れ流して生きることが自然でありそれが整体だと思われたらこれもとんでもない誤解である。

リベラリズムやアナーキズムと混同されることもある。整体実践者を標榜するものの態度や外見にも問題があるのかもしれない。

少なくとも上の二つには対立する別のイデオロギーがある。今まではこういう価値観や考え方だったからダメなんであって、これからはこうすべし、という行き方である。

しかしそれはもう相手の考え方に捕まっている。考え方は所詮考え方で、時代や地域が変わればいくらでも湧いて出てくる。そして決着を見ない。イデオロギーのある所には必ず対立と闘争がある。平和主義者も反平和主義者と対立し、時には戦争もする。

整体はただ一言、考え方を離れよ、という。そういう意味では禅に近い。というか同根である。つけた花の色が違うだけで、理想とする完成形は同じなのだ。

感じて、動く。そこに秩序がある。というか自ずと秩序が現れるように体を整え生活することである。体が狂っていれば要求もおかしくなる。こういうものを野放図にしてはならない。

人間を含む生命体にはもともと内的秩序がある。これを敬い、自我をその下位に置いて慎む。これは東洋的な自然観だ。文学的にいえば心を無にすれば秩序が現れる、という。それを老子は「道」といい、荘子は「遊」の中にこそ生命は輝くという。

これとは反対に西洋の機械論は「秩序は人間の智によって生み出すもの」と考えて来た。カオスは混沌と訳されるが、あれは言ってみれば滅茶苦茶という意味である。

荘子のいう渾沌は人間の手の付けられない域にいつも整然とあり続ける、絶対的秩序を意味している。

例えば「働かざる者食うべからず」というのは外からの強制であり、個人の中にある放縦を睨みつける心があるけれども、「一日為さざれば一日食わず」といったらこれは内的な自律の心である。動かなければ腹は減らないのも生理的な道理である。

誤解がないように言っておくと東洋が西洋よりも優位だなどと言うつもりは毛頭ない。西洋文明の優れている点は日本の近代史をみればいくらでも見出すことはできる。

だからといって近代以降西洋一辺倒で発展して来た我が国がその飛躍の影にいかに多くの問題を生んできたかを考えると、西洋と東洋のいずれが優位かという判定を一元的に下すことの難しさがわかるだろう。

ただ整体には整体の原理があるわけで、我々日本人がこれを理解するためには東洋的自然観及び生命観を再認識することが有効だと思うのである。

認識や分別心を極限まで鎮めた時に心の平安と体の平衡が実現する。これは工夫の上に工夫を重ねて病気を駆逐し、ようやく健康を実現させようという西洋医療の視点からは完全に死角になっている。

ではその自然の秩序を体現するにはいかにすればいいか、ということが最も重要である。整体も禅も観念の遊戯ではない。いまここで実践してはじめて現れるものである。

これはいろいろなことが言えるけれども、今の私が一言で表すならそれは「独りになる」ことである。

しかし集団生活を離れて勝手気ままな生活をする、ということではない。集団の中にあっても独りの時間を作り出しこれを大切にする、ということである。

なにも結跏趺坐を組まなくてもいいから心を虚とか空のようなイメージで、ポカンとした状態を作ってそのままそっとして置く(ただし眠ってはいけない)。そうすると自ずと考え方が止んでくる。

野口は自らの整体法を「虚の活かし方也 無の活動法也」と説いているが、ポカンとすることはその源泉ではなかろうか。

道元禅師は「心意識の運転を停め、念想観の測量を止め…」と言っているけれどもこれに非常に近いものを感じる。

そしてこんな軽微なことでもいざ実践するとなると現代はなかなか難しい。街に出れば無数の音や光が飛び交っている。家の中にいてもいろいろな刺激が飛び込んでくる。こう考えると、独りになることの難しさや価値がわかるだろうか。

「独りになる」をもう少し即物的にいえば脳の働きを切り替える、といったらわかりやすいかもしれない。

野口先生は「良い頭はみなポカンとするのです」といったそうだが、ポカンとしない頭はどんなに「優秀なこと」を考えていよう悪い頭だということになる。

最近の脳科学ではこのポカン状態の時に脳内にあるデフォルトモードネットワークなるものが活性化していることを発見した。意識と無意識を巻き込んだこころの創造的活動はこの時に行われるのだという。

ここからさらに静の状態を保ち続けるとやがて「ただ事実に触れている」というか、事実そのものになりきっている自分に「後から」気づく。

これを禅では見性とか成道(じょうどう)とかいうけれども、まあ別にそんな特殊な言葉を持ってこなくてもいいかもしれない。

ともかく現代はこういう心の状態、意識の状態を意識的に作ろうとしないことにはままならない。

これは新渡戸稲造が『修養』という本の中にも同様のことを書いているけれども、意識の働きを積極的に鎮めることが現代社会における修養、養生の急所なのである。

整体法の場合は、もう何度も言っているように活元運動がその方法である。整体生活とは取りも直さず活元生活なのである。

活元運動は決して不思議な健康法などではない。禅では「惺惺著」というけれども、あくまで合理的な自我の覚醒下に行われる高度に洗練された身体技法といって差し支えないものである。

この活元運動を行うこと、そして独りの時間を作ること、こういったことが整体生活を支える柱となるはずである。

やろうと思えば誰でも今すぐできる、やりたくなければやる必要はまったくない。大道無門の世界だが狭き門にするのも当人次第といったところだろうか。

教育

自分の子どもが大きくなってきたこともあって教育について考えることが増えた。

人類発生以来、つまりヒトが人間の体(てい)をなして社会生活を構成し始めて以来、子どもを如何に教育すべきかという問いは常に考えられてきたテーマだろう。

ことに日本は近代以降子どもの教育を考える状況が特殊であったように思う。

明治という時代はそれまで東洋一辺倒だった日本史上に西洋文明という異物が混入され、非キリスト教文明圏として世界史上類を見ない早さで近代国家が形成されていく渦中にあった。

その大変革期の中で子どもの教育に関して「学制」が発布され、ここに初めて中央集権国家による一律の教育方法が敷かれたのである。その内容は東洋的な宗教観や道徳観念を土壌に、西洋文明という新たな肥料を撒くことで開花した和魂洋才という異質な文化の香りを帯びていた。

異質という点でもう一つ付け加えると、当時から現在に至るまでいわゆる先進国が国家主動の学校を持つケースが極めて少ない点にも留意しておきたい。

例えばイギリスのケンブリッジ大学やオックスフォード大学は国からも資金は出ているものの基本的には独立している。またアメリカにおいても州立大学か私立大学しか存在しない。

そもそもアメリカの場合は日本の文科省に相当するような国全体の教育を一元管理する部署が確立されるまでに、国家建設から200年以上も経過しているのである。日本が明治5年に学制を発布したことに比べればその違いは歴然である。

またドイツをはじめとする連邦国家にも国営の大学は存在しない。国土の広さもあってか、ヨーロッパで教育に中央集権的なシステムを採用している国はフランスだけだという。こうしてみると維新直後に日本が行った教育システムがかなり特殊なものであったことが分かる。

ただしこれにも相応の理由があってのことである。当時の教育は帝国主義の風が吹き荒ぶ国際社会の中に、難産の末たった今産声を上げたばかりの小国が生存をかけて作り上げたもので、一人一人のことよりも国体を護持するための「国民」を作り上げることに特化したものだったのである。

結果的には維新の動乱を引きずる国内を治めながらも、直面する西欧列強の外圧をはねのけ、国際社会の荒波の中で日本国ここにありという存在感を示すまでに成功したため、一見すると維新後の教育を高く評価することもできそうである。

しかしながな往時の度重なる国難を次々と解決していった人材には江戸の教育を受けた人物が屋台骨になっていたことを見逃すことはできない。この点を考慮すれば明治・大正の情勢をもって維新後の教育の評価を一元的に下すことは難しい。

とにもかくにもこの時期に日本の近代教育の方向性が大きく定まったのである。そして敗戦後は焦土と化した国家の復興に適した人材が大量に必要となったために、戦後民主主義の名のもとに代替可能な工業製品の一部品の如き「労働力」を生み出すものへと内容が差し替えられたのである。

ほどなくして昭和30年代には高度経済成長期にさしかかり、働けば働くほど所得が増し、消費も増えるという上昇のスパイラルに突入する。その結果驚くべきスピードで戦後復興が進められ衣食住の問題が改善されると、いつしか教育の目的はさらなる「幸福」をもとめて拡大生産と拡大消費へと移行されていった。これもまた国家の見えざる総意として、教育を施す側も受ける側も無自覚のうちにシフトしていったのである。

その要因は欧米発祥の合理主義と科学文明を流入しその威力に目が眩んだ人々が、それらがもたらす物質的な豊かさの延長線上に無上の幸福も理想の人間像も顕現すると錯覚したためであった。

しかしその期待は裏切られることになる。人間の生活を支えるためには衣食住をはじめとする物質面の恩恵が不可欠であることは確かだが、これ「のみ」によって人間の生きる意義や生きている充足感までが満たされたり精神的に豊かになったりするわけではないことが、時間の経過とともに徐々に明らかになってきたのである。

またいかに豊かに「生きる」ことを強調したところでやはり人間が死ぬという事実からは免れ得ないために、人間が自身の死ついて深く考えることは貧困からの脱却や物質的な豊かさの追求などとはまた別の次元の問題として存在することが改めて認識されたと言える。

むしろこうした生きる死ぬといった問題に関しては戦時中のほうが身近であったためこれに対する考え方や価値観については社会一般の通念として強固に構築されていたし、さらに個々人の責任においても相当に考え抜かざるを得なかったのである。

しかし戦後はいかに幸福に「生きるか」ということのみが強調された結果、人間が本来死を背負いその中でいかに自身が納得のいく死生観を創造して死んでいくかという、人間にとって最も重要な「宗教観」がいつの間にか見失われていたのである。

このような特色を持つ昭和の教育に対し、野口晴哉が「教育の荒廃は理想を失ったからだ」と早期に問題の焦点を看破していたことは注目に値する。

そのためこうした漠とした心の虚を埋める方法を求めてさらなる物質の充足に奔る者もいるかと思えば、軽薄なスピリチュアリズムに耽溺したり、巷に勃興する即席の「宗教的な」活動に身を寄せたりする者まで現れて来たのである。

一節には地下鉄サリン事件の実行犯の中に国内最高レベルの高等教育を修了した者がいたことから行政がようやく近代教育の欠陥を認識し始め、この時に戦後教育の最初の見直しが始まったと言われている。この事件は我が国の公的教育から「人間を育てる」という要素が欠落していることを示す証左として十分なものであった。

ここまで極端な例を持ち出さずとも、戦後の教育には生徒の非行・不良化からいじめや不登校に至るまで諸々の問題が表面化しているのだが、これらに対して場当たり的なマイナーチェンジがなされるばかりで抜本的な原理原則の見直しが行われた痕跡は見当たらない。

私が30年ぶりに現代の義務教育に触れた際に感じた欠陥は「個人を見失っている」ということと、そして「〔人間〕を捉えていない」というこの二つだった。

何より「この子にいま何が必要か」という教育者の主観が現場から排斥されている状態は大きな問題だと考えている。

これが江戸時代の寺子屋のようなシステムの場合、入所の時期もカリキュラムのすすめ方も個人の成育段階と資質、能力の特性などに委ねられていたという。このような個から出発する学びの環境下では何をどのように教えるか、また何を学ぶか、学ばせるかということは生徒と指導者との関係性によって自在な変化を可能とする。

またこのように個人が中心に在る教育の場合、現代教育で重視する「平均」という概念がないことも重要である。元来個体差を持つ生き物を育もうというときに、「平均」を割り出しこれに沿わせようとする行為自体に意義があるか否か、疑問なきを得ない。

しかしながら個を育てるのではなく社会を構成するパーツを生産するかのように「国民」や「人員」を育てようとする場合、その出来、不出来を客観的に算出し他に示さなければならなくなる。

そもそも生徒の成績を甲乙丙丁…のような形で定量化する査定方法はイギリスかアメリカの兵隊を教育するシステムからの流用であったという。

つまり教育には公のための価値と個のための価値があり、その大半が教育を施す側、すなわち公、体制側の価値基準に沿って実施される傾向が強い。

このような体制側の視点に立って教育を行おうとする時、被教育者の持つ個体差は豊かな創造性を保有する「個性」ではなく、修正の対象となる「悪癖」として見做される。それ故そこに基準値なるものを設けてそれを上回る者、下回る者、逸脱する者…といった風に評価し、全てを基準の中に収める努力が善であることが疑いもなく遂行される。

さらにこうした「値」によって人を評価しようとする場合、試験の得点では測れない能力などは見落とされやすい。つまり生き物はデジタル化された瞬間にその実態は我々の視界から消え失せ、値だけを対象とした無機物的な評価が強調されることになる。

こうしてみると現代教育はよほど恐ろしいことをやっているように思えるが、結果がそれほど惨憺たるものにならずに済んでいるのは子どもの持つ弾力や創造性、人間の融通性などといった生命に内在する秩序(ホメオスタシス)に支えられていると考えられる。

しかしシステムが要求する成果が客観的な数値で示せる平均化である以上、被教育者の個性は「正常な成長」を滞らせる摩擦の元凶でしかないのである。

だからこそ現代の日本で人間を全き姿に育てようと思えば、義務教育の評価からこぼれ落ちる創造的な要素を掬い上げる有機的な目が要求される。

有機体としての人間を丸ごと捉えることができるのはやはり生きた人間の目以外にない。当然そこには客観を正しく活かすことのできる優れた主観が必要である。

ところが先にも述べたように現行の義務教育の在り方では如何に聡明で意欲に満ちた先生でも主観を働かせる余地はほとんどないといっていい。このような状況だからこそ家庭での子どもの育て方が一層重要になってくる。

子どもを十全に育てる、躾けるなどと思えばやはりそこには相応の時間も労力も必要となるが、社会情勢や経済的な事情によって核家族の共働きが増え実質的に親が子どもに関わる時間は昔より少なくなっている。

加えて現代は歪んだ自由主義の風潮に流されて道義の観念が曖昧になっているため、そこから生じる不品行までも「多様性」という名のもとに許容され、家庭の内でも外でも子どもの躾の急所を見逃してしまいがちである。

整体の場合はどうかというと、体の裡に働く秩序を基準に人を育もうとまず考える。そういう意味ではどのような子どもを見るにしてもある種の一貫性と普遍性が保てるのである。それはまさしく個人を主にした教育の在り方であり、これが正しく履行されれば全き整体人が次々と育つはずである。

ところが現実が相談順ではない。体の生理に従って育児をしようなどと考えると、社会一般との価値観の相違からあらゆる場面で摩擦が生じるからこれもなかなか大変である。

そもそも体の裡なる秩序に従って生活する、あるいは他者の体にもその秩序を顕現せしめるように援助するには、指導する者にも相当な訓練が必要となる。

整体流の子育ては子どもが自ら育つ力を中心に据えたもので、教える方が主体となっている現今の義務教育とは対極の視座に立っている。つまり指導者は自分の都合を押し付けるような態度は極力抑え、相手の成長の要求やタイミングが訪れるのをひたすら「待つ」ことも求められるのである。

このような差異は教育という言葉に含まれる「教える」と「育つ」という主体の二面性をよく現す事例である。つまり教育の主役は教える側なのか、育つ側なのか、というその両極の間に揺れ動く間主観に置かれている。

力関係において優位にある指導者は特にこうした自他を共に活かす教育を追求することを怠ってはいけない。教育の場でときどき聞かされる「あなたのためを思って…」という常套句にはよくよく気を付けなければならないだろう。自分が相手のためと思って疑わない態度の中にも、知らないうちに己の利がつよく反映され相手の幸福やあるべき成長の機会を奪っていることはないだろうか。

以上のようなこともよく考えながら、子どもの健やかな成長を本気で守ろうと思ったら手間も時間も掛かるし、教養も忍耐力もいる。しかし目の前の一人の子どもを十全に育てることがなされなければ社会の改革も体制の変革も虚しいシュプレヒコールで終わってしまうのだから保護者や養育者はそこに全力を注ぐ価値も理由も十分にある。

私自身整体をはじめて17年ほど経つけれども、整体の教育について考える時それは近代以降に抽象化された人間像から再び個人を蘇らせるために必要な視点であると思うようになっている。

脳幹トレーニング

脳幹トレーニングのことを調べていたら久しぶりに戸塚宏氏の本に突き当たった。戸塚氏は遡ること80年代に暴力による度重なる死傷事件で有名になった戸塚ヨットするクールの校長である。

もう10年以上前になるが『敵は脳幹にあり』をはじめとして同氏の著作を何冊か読んだ。児童の非行・不良化の問題から花粉症に至るまで、現代病の真因を脳幹の不活発に見い出したという戸塚氏の卓見は当時野口整体まっしぐらだった私の心を捉え、その核心的ロジックに目を見張ったのである。

そもそも野口晴哉の主張の中には近代文明の複雑化に対する警鐘と、それを生み出した人間の知の複雑化に対する憂慮であった。

こう書くとまた要らぬ誤解を招くかも知れないが、野口の主張の根底にはいつも「自然の生命に帰れ」という信念があった。つまりそれは人間の高度に複雑化した思考体系よりも原始的感覚と本能を上位に置くものである。

当時の日本が前近代から近代に向かう奔流の中にありながら野口は独り静観を保ち、早くから科学文明の利点と限界、問題点を看破してその先を見据える超近代的視点を持っていた。

これに因んだ話として「こうも頭で生きる人が多くなってしまった。」という野口の言葉を、私の先生は折に触れ繰り返し反芻していたので記憶の中に色濃く刻まれている。

くだけた言い方をすれば「難しく考えすぎるな」ということになると思うが、現代はとかく複雑に考えて答えを出そうとしたあげく正解を見失い、迷子になっているケースは少なくない。

卑近な例を挙げるなら、食養生法や栄養学を学ばなくても体に必要な食べ物は「うまい」と感じるように我々の体は最初からできている。

運動して汗をかけば塩辛いものがおいしいし、デスクワークで筋肉が疲労していなければ自然とごはんではなくお菓子に手を伸ばしている。

現代の子どもがお菓子ばかり食べて云々という批判は絶えないが、これはエネルギーの消耗度合に応じた自然の反応である。

運動欲求の塊のような子どもたちを狭い教室に押し込んだうえに、帰宅後はすぐに宿題を済ませて塾に通わせるという大脳主体の生活を強いている限り、栄養豊富で食べ応えのあるお母さんの手料理よりも、酸化したスナック菓子や有害な人工甘味料に走る子どもの数は減らないはずである。

話しがわきに逸れたが、なぜ脳幹トレーニングが現代社会に求められるかと言うと、こと教育や医療のような生命に直接貢献する物事に関しては、考えることよりも感じる方が迅く正確だからである。

よって最初に戻るが、当時戸塚氏が請け負った「非行少年」や「問題児」たちがヨットに乗りながらこれらの問題を早期に回復していったメカニズムを脳幹の活性化に集約したことは瞠目に値する。

もちろん戸塚ヨットスクールの体罰を伴った訓練によって少なからぬ死傷者が出ていることはまぎれもない事実であり、その圧巻ともいえる脳幹理論だけをもって全面的に肯定することはできない。

とはいえ実質的に青少年の更生や病気治癒に成果をあげている面もある訳で、都合のいい考え方をすれば、同氏の訓練の中から過剰な体罰や危険性だけを排除して「安全に」脳幹を刺激できればいいはずである。

ただしこれも注意が必要である。そもそも劇薬というのは強い毒性によってその効果も支えられているのである。したがって上に書いたようなことを実行すれば、ヨットスクールの強力なトレーニングも巷にあふれる毒にも薬にもならない「安全な」教育メソッドや健康法に堕してしまうことも大いに考えられる。

そもそも脳幹というのは人間の中でも生理的な生命維持に関わる機能が集中した部分であり、言わば野性の中枢とも言える部位である。

ここを活性化することは、人間が人生を逞しく生きていく力や、病症を自力で経過するための治癒力を高める上で非常に重要な意味を持っている。

そこで海上にヨットを浮かべその上で海に落ちる恐怖と闘いながら倒さないように操作することで平衡感覚を刺激し、脳幹の活性化を図るというのが戸塚氏の理論に含まれている。

実の所こうしたグラグラする不安定さの中で体勢を保つ訓練法は、成人のスポーツや健康法から子どもの遊びに至るまでいろいろな例がある。

例えばヨガやピラティスで行われる片足で立って体を支えたり、片手片足で体幹をキープしたりする訓練にも、似たような効果が期待できそうである。

それから相撲の基本である四股は百キロを超える巨体を片方の足の裏だけでバランスを取って支えるのである。これを毎日毎日繰り返すことで、やはり脳幹は一定訓練されていくと思われる。

遊びという観点からいえば、スケボーや一輪車、サーフィンなど、探していくときりがない。

私の立場からいえば活元運動を勧めるべきなのかもしれないが、なにぶん客観的データを持ち合わせていないので活元運動を脳幹トレーニング法として断言できないのは残念である。

それにしても野口整体の持つ様々な手法を見ていくと、脊髄神経及び脳幹を直に刺激することで人生を逞しく生きている力を煥発する、或いはしようとするものが多く含まれているように思われてならない。

操法のはじめに背骨から着手する点などはその端的と言えるだろう。良い指導者の導きによって良質の活元運動に導かれると自然と思考は沈静化し、ポカンとした平安の境の至ることは体験した者の多くが知るところである。

しかし世相は全般に脳幹よりも前頭葉及び大脳新皮質を刺激する方がもてはやされている。具体例を挙げれば青少年の非創造的記憶訓練所と化している受験塾などは言うに及ばず、スマホのゲームや脳トレなどと言われるものもほとんどが視覚に頼って文字や数字の情報を処理していくものが大半である。

言わば野生の否定と放棄を意味しているもので、これでは人間が亡びに向かっていると言われても致し方ない。しかし今の高度な文明社会も人間の生存欲求が生み出したもので、どこまでが自然でどこからが人工的か、などと考えはじめると必ずグレーゾーンに迷い込み明確な線引きなどはとてもできない。

しかし人間も動物であり自然の生物である以上、死の要求もあれば生存の要求もある。今さらながらどこからともなく「脳幹が大事だ」などと言い始めたのも、自然から逸脱した社会の中で生き残るための無意識の平衡要求と言えなくもない。

理性を伴った意識は客観性に偏るがゆえに、これが過剰に働くともっとも原初的な生存欲求としての「感じる」機能が退縮する。

だから大脳主体の生活では効率的にうまく生きる方法は「考え出せ」ても、如何に生きるかという根源的な問いに関しては脆くなってしまうのである。

生命力を喚起する方法は昔も今も体感的刺激を通して脳の働きを支配し、意識の判断には拠らず無意識からやってくるものに傾聴することに尽きる。

人 瞑想せよ/静かに坐して/「我あり」と

これは野口整体の根幹を表す野口晴哉の言葉だが、脳幹トレーニングという観点から新たな裏付けを感じた次第である。

体得

体得という行為が世の中から失われつつある。

体得は体を通じて自認されるべき知識や技術であって、スポーツとか芸事、あるいは職業的な技能などは当然ながらこの体験によって会得するというプロセスが重んじられる。

しかし上に述べたような事柄以外、いまは大半のものが「調べる、分かる」ということでカタが付いてしまう。

学校の勉強、あるいは試験勉強などがその典型といえる。これはインターネットの普及と切っても切れない問題だろうけれども、この「調べる、分かる」というプロセスが体得に代わって現代の価値観を席巻してしまった。

非対面であらかじめ作られたプログラムを受動するeラーニングなどが現時点の最終形態といってもよさそうだが、ひとことで言えば「知る」という行為が過剰に幅を利かせてしまったのだ。

これはこれで便利な側面もあることは認めるけれども、体、体験というものが忘れ去られてしまったことの損失は前者の利点のみで補いきれるものではない。

私の立場からいうと教育と医療というこの二つの分野において、経験よりも情報の授受が先立っていることが気にかかる。

学校ではとにかく「覚えさせる」という、記憶に重点を置いた教育になってから、かれこれ一世紀が経とうとしている。

物事に直面した時に記憶に頼らなければならないのは当人の創造性の欠如に他ならない。

したがって子どものうちから記憶することを繰り返し訓練することは、既存の知識群のインプット・アウトプットに頼ることであり、創造性という観点から見れば頭を良くするどころか却って悪くする行為となりかねない。

その証拠に記憶することが達者な子どもほど難関大学を出て国家の中枢を動かしているものだから、現今の日本の行政は未曾有の出来事に直面したときの応用力や瞬発力というものが著しく乏しい。

医療にしても同様である。科学によって標準医療と言うものが一律に定められているために、今では現場の医師が個人的体験を基に主観を働かせる余地は異常に狭くなっている。

予め決められた判定基準に基づいて患者を診断し、診断の結果が出たら同様に定められた処置をする。これなら医療者が人間である必要はないではないかと思っていたら、個人的にもっとも危惧していたオンラインクリニックなるものまで出来上がってしまった。

未熟な主観に頼るのは勿論よくないが、客観的事実の集積によって総体を理解し得るという考え方は旧世代から引き継いだ悪癖である。

当面はまだ人間の介入が必要だろうが、早晩システムの管理職を除いて、現場から生きた人間の体温は徐々に失われていくことになるだろう。

なんというか「時代の流れ」というひとことでは受容しきれない異臭を日々嗅がされている気分である。

こういう世相なものだから自分のような者にも仕事があると言えばその通りなのだが、どうにもならない潮流の中でどうにかしようと足掻くことがライフワークとなりつつある。

体得から焦点がずれてしまったけれども、総じて体というものが忘れられたことによって、歳月をかけて「体で学ぶ」という文化は今後さらに希少的価値を帯びてくるだろう。

そこで何を体得するかは重要である。それが西洋発祥の随意筋を主体とした競技スポーツ、あるいはそれに付随する体操や運動ではないというのがもっぱらの自論である。

スポーツは体育としてなかなか優秀な面も合わせ持ってはいるのだが、いかんせん「競わせる」という意識が強すぎるために個人の運動能力を無視して肉体に過度なストレスがかかりやすい。

体育を目的としたスポーツをやりながら怪我や故障が頻発するというのはパラドックスなのだが、こうした矛盾が看過されたまま青少年の健全な育成にまで適用されているのは問題だろう。

弾力のある丈夫な体を育むためには随意と不随意、意識と無意識といった身心の陰陽を同量に刺激するものでなければ片手落ちである。

現代は学業でもスポーツでも常に競争にさらされ、子どもたちは意識過剰の環境の中で日々苦闘をしいられているのだ。だからこそ感情や意識以前の心と一体となって動く不随意筋群と錐体外路系を主とした体育こそがいま暗に求められているのだ。

その具体的方法としてさしあたり活元運動と禅はどんな人にも一様に勧められる優れた方法なのである。

ここに至って、無意識的思考、無意識的動作の訓練に重きを置いて来た日本文化の奇特さを再考することが、近代文明の今後を考える上で大きな意味を持つ。

「意識が閊えたら意識を閉じて無意識に聞けばいい」といった野口晴哉の言葉は時代や地域性を超えた普遍性を有しているのだ。

いのちの力を解放する鍵は体なのである。体を畏れ、体を敬い、幽かな慎みをもって今日を生きてきた旧来の日本的霊性を一日も早く取り戻し、その上にもう一度近代文明を据えることができたらそれが私にとっての丘の上の町であり、一つの理想郷だとも考えている。そこに至る道はやはり体得より他にないであろう。

胎教

前項の『いのちの輝き』の中でも胎教の重要性を説いているが、野口整体でも一生を通じて健全な人間を育てるという観点から胎教を重視している点は通底する。

医術ということを突き詰めていくと、必ず途中で教育の問題に突き当たる。病気でも怪我でも「どうしてこうなったのか?」「こうならないためにはどうすればよかったか?」とずっと辿っていくと、原因は過去にあるために「そもそもそこに至った生活から正すべし」ということになっていくのだ。

更にその生活スタイルに至った原因を追究していくと、幼児期に浸っていた社会、そして胎教に至るのは当然の成り行きと言えるだろう。

例えばうちの子でいえばもう8才なので、胎教のことをいくら思ってもとうに手が付けられない域に達している。同じ8才の子どもたちを見てみると、本当にそれぞれ個性豊かで人格形成の土台はほぼ完成しているという印象を持つ。

以前の私は母胎の中で体と心の発育の5、6割が済んでいると思っていたのだが、どうやらそれは誤りで、本当は9割以上がすでにでき上がってしまっているのではないかと考えを改めた。

たとえば人間の生活スタイルに朝型とか夜型という表現があるけれども、これは出生の時刻に起因しているのだという。明け方に生まれた子は概して朝型になりやすく、夜半に生まれた子は夜型になるという統計結果が前掲書の中に記されていた。

井深大の著作にある『幼稚園では遅すぎる』という主張も、この線でいえば育児を意識するのは生まれてからでは遅い、ということになる。

昔の日本には「お腹の子に障る」などという表現があったように、母胎内の生活が生まれてくる子の性格や体質にどれだけ強い影響を与えるか、ということが広く一般に共有されていたのである。

しかしながら現代のようにもろもろの事情で共働きが当たり前となっている状況にあっては、いくら胎教を叫んでも深い共感を得ることは難しいかもしれない。

もちろん妊娠期に多少の配慮を持って生活をする人はいるだろうが、かといって「いかに生活すればいいか」とい具体的な問題となると、整体法を正しく修めないことには的確な効果をあげることは難しいのではなかろうか。

すこし論点からはずれるかもしれないが、現代教育はとかく知育に偏り過ぎている。知育に加えて、徳育、体育が教育の三要素として掲げられているけれども、これらをばらばらにして、それぞれ別々の方法で育もうという考え方で果たして奏功するだろうか。

利発で、情があり、逞しい子に育てるための急所の時期を考えるなら、一粒の生殖細胞が数億倍に成長する受胎直後の数週間を軽視する訳にはゆくまい。これは体感的なもので現代人の好きな科学的根拠の確立を待っていたら実証は難しいだろう。

しかし現実に目を向ければ現代社会を生きる人々の心身の問題は山積みで、根拠以前の直感を頼りとし、速やかに胎教の実践を奨めたい。妊娠が分かった時点で仕事をしているなら早期に休暇を取り、家庭内においては妊婦に不当なストレスを掛けないように皆が協力し合うべきである。

社会制度の改正も結構だが社会の最小単位は個人に帰するのだから、社会の改革は個人を十全に育てることから考えねばならないのが道理だろう。

胎教に関してもう一つ知的な方からアプローチするなら前掲書に加えてトマス・バーニーの『胎児は見ている』を読むとその重要性をより深く認識できると思う。

環境問題が叫ばれて久しいけれども、自然を守ろうと思うならまず人間の内なる自然を護り心身の環境破壊をなくすことが重要ではなかろうか。

意識を閉じて無意識に聞く、裡なる要求を感じ生活する、こういうことは人間の自然を守り外界をも治めることに繋がっていく。教育も自然保護も百の論より足下の実践に尽きる。胎教を重んじ良い出産を迎えることはその第一歩であると思う。