代替療法のような仕事をする人(治療家さん)はみんなよく本を読みます。僕もごたぶんにもれず、仕事をはじめたときは整体操法を生業としている諸先輩方の本を読みまくった。
でもそれはたいして役に立たなかったです。(僕の場合は・・ですよ^^;書いた人がいけないんじゃなくて)
当然ですけどいろいろな技術を読み漁っても自分のレベルは変わらない。野球で言えば基礎体力や最低限の筋骨もないのに誰々のフォームは・・といってバットの素振りを真似しているようなイタイタシイ状態・・(ToT)あるよね~
これでは本当に魂のこもった仕事はできないですよね・・。
どんな分野でも指導っていうのは信念や気魄がものをいう世界だ。今は人マネはぼつぼつ脱してコツコツと仕事の現場から学びを得ています。時間はかかるけどこれが成長を約束する一番確実な道だ。
そうはいいながら、読書はすべて無駄かというとそんなこともなくって、僕が仕事をするうえで役にたったのはお相撲さんの書いた本、そしてプロ棋士といわれる将棋指しの方々が書いた本です。今でも技術に迷い生じたときにはを教えを乞う気持ちで読むようにしています。
負ければ引退という峻烈な勝負の世界で、十何年、人によっては何十年と生き残った人たちの言葉は、僕が行き詰ったり困ったときに打開するためのヒントになるような言葉が沢山詰まっているのです。
一対一、一期一会の真剣勝負の世界という点では整体操法の場に共通している部分もあると思う。
今をトキメク(…というか昔からときめいてるけど^^;)名人・竜王 羽生善治さんの『大局観』というのもそうした教本の一冊。
大局観とは文字通り大局(全体)を観るための心の目のこと。意味合いとしては「木を見て森を見ず」の反対で、ぱっと見た瞬間に大まかな「アタリ」(全体)を観て、流れに準じた最善の一手を指すための能力だ。
整体というのも細密な身体の知識と正確な技術、そして一定量の経験を積んでいくことで部分ではなく全体の流れとしてここが「妙だ」というところがさっと見つけられるのだと思います。
現代医学のように皮膚に出たから皮膚科、肺の病気だから呼吸器科という風に分割しない、全体性の調和とかバランスを、「順」に持っていくために整体の技術はあります。
私が「一定の経験」なんて口にするのもいかがなものかとは思いますけど・・。(はじめた当初よりはということでね・・・)プロの水ってやっぱりそう甘くはないし、でも時には泥水をすすりながらも実戦から得た経験はやがて「地力」という形になって次に生きてくる。
生き様の問題もあるので必ずしも「年齢=経験値」ではないけれど、良い仕事をするにはある程度の「年月」は必要条件ではなかろうか。若くても、周りに持ち上げられて羽振りのいいのが「成功」みたいな今の風潮に僕は危うさを覚える。
アンチ・エイジングなんていって、世の中が「老い」を否定的にしか見れなくなってきたのはそれだけ文化がインスタントで稚拙になってきたからだと思う。しっかりと真面目に年を重ねて生きている人は、日常の所作にも、表情の皺の一つ一つにも本当は美しさがあるのだ。
野口先生は「歳を負うごとに増してくる力がある。」とおっしゃったそうですが、それは「気」であったり、その他諸々あってしかるべきだと思います。
大局観っていうのもそういう能力の一つなんじゃないでしょうか。本当のプロを目指すあなたも!羽生さんの本 、読んでみてくださいね。^^