この世界の片隅に

先だって妻と映画を観に行った。『この世界の片隅に』。よく考えてみたら妻と二人で映画を観たのは今回が初めてだ。

戦時中の広島と呉が舞台である。何と言ったらいいか、タッチはやさしい、が凄惨である。兎に角、当時の「一般家庭」とでも言おうか、事実をそのまま、本当に「そのまま」それも綿密な取材を積み重ねて仕上げられた作品だ。

個人的には観て良かったと思うが、どなたにもおすすめ、とは言いがたい(とくに小さいお子さんのいる方にはツラいのではないだろうか)。ただ戦後70年を過ぎて、歴史観の見直しが問われる時勢とマッチしているだろう。

普段、自分の仕事では30~40代の方とお話させていただくことが多いが、やはり多くの人が自国の近代史をご存じない。いや我が身を振り返っても、さして大きなことは言えないのだが・・。自分の場合は、元自衛官の太極拳の先生についた折、先生からの「歴史は知っておいた方がいいよ」のひと言がきっかけとなり本を読み漁った。そうして漸く「戦争」を中心に省みるようになった程度だ。知らないことは当然山ほどある。

言うまでもなく「歴史」には善の顔も悪の顔も浮かび上がる。それは「史観」というのもので、「事実」そのものではない。多くの歴史観に触れるのも勉強だが、それ以前に自国に於いて「何があったか」を知っておくことぐらいは嗜みの範疇ではないだろうか。

そういう意味では戦時中の一家庭に照準を絞り、徹底してディティールと情感にこだわりぬいて制作された本作は久方ぶりの秀作ではないか。かつて同じ舞台で描かれた作品には言わずもがなの『はだしのゲン』があるが、時代性と作者の視点・感性の違いが相まって全く異なった様相を呈している。

その一方で共通するのは、人間の根元的な悪と生命力についてを考えさせれることだろうか。人間の体力は使えば増える、悩めばそれだけ賢くなる、と言うは易いが、智慧も力も振り絞らなければならない時代が幸せか?と問われれば答えに難渋する。

実に制作期間は6年を要したとのことで、やはりいいものを作るには情熱と時間、そして根気がいることがわかる。それにしても劇中にそこはかとなく息づく清らかさはどこから来るものか。昔のものは何でもいいとは言わないが、当時の日本の息遣いを感じさせてくれる清らかな世界があった。その一方で、清浄感に隠れて「戦争の惨たらしさ」は些かかすんでいるかもしれない。いわゆる「行間」。ここを個人の責任で補い、慮ることは原作者の意向に反するだろうか。