生きてるだけでだいたいOK

仕事の苦労や家庭のいざこざなんかで息を詰まらせてせい氣院にお越しになる方があるので、そんなときはやっぱり肩の荷を降ろしてあげたいと思う。

真面目な人ほど「こうあらなければ」という観念にしばられて胸を固くしやすいので、そのことで五感のはたらきがにぶって悪循環におちいってしまいやすいみたいだ。

完璧を執拗に求めるのは子供のときからの学校教育の影響が大きいと思うけど、かけっこでもテストでも人の能力を数値化して、「数字が大きいほうが優れていて強い」という観念が潜在意識の中に入り込んでるんじゃなかろうか。

弱そうな相手を見つけてイジメたりするのも、自分に貼られた劣等感をいつまでも掴んでしまっているからだ。その劣等感をとってあげれば漠としたイライラは消えていくし、そうすればあとは何もしなくてもやがて自分のことも人も愛せるようになってくる。

広く自然界をみわたしてみれば現象を数値化してアレヤコレヤしているのは人間だけで、他のみんなは数値化も予測もできない世界をなんとなくで生きているのだ。

けっして強くて賢いものだけが勝者というような扁平な世界ではなくって、強くても固ければワレやすいし、一見弱そうでも柔軟なものが他の生物をしぶとく圧倒していることがある。どちらかといえばプロの世界なんかでも、ジャンルを問わず長年活躍できる人は心も体も柔軟な人が多い。

僕の経験からいえば、固めて力むのは最初から備わっている反射的な作用で、リラックスは後天的な訓練で獲得する能力だ。つまり人間が柔らかいというのは心が練れている、育っているということを意味している。心が先に育っていれば技はあとからあとから無限に生まれてくる。心・技・体あるいは体・心・技の順に・・・。

体中の筋をいったんゆるめて眠らせる整体の有用性もそこに立脚している。現代は緊張また緊張の世の中なので気に敏感な女の人が一生懸命ヨガなんかに通うのをみると自分なりに身体を守ろうとしているような気がしてどこかほわっとする。

この間、人にあげてしまったので内容はうる覚えだけどマギー司郎さんの『生きてるだけでだいたいOK』という本には脱力の妙味が記されていて勉強になった。僕にとっては整体操法の虎の巻で(でも人にあげちゃったけど・・^^;)仕事にけっこう活かされている。

学歴や体力、技術力の優劣とは無関係なオリジナルの生き様に、人間の気高さとプロの気魄を感じて一人うなった。力んだりムキになりやすい人にはちょっといい一冊かもね。

マギーさんの本、気になったら読んでみてくださいねー、ではねー。

化膿活点

昨日の庭仕事のあとで夜中に猛烈な痒みにうなされた。毛虫の被害だ。ガーデニングではよくあることらしいのだが、その辺りはまったく無知だったため無防備であった。慣れた方々は暑い日でも長袖を来て土いじりをしている理由がようやくわかった。

虫に刺された時はどうするか?と訊かれれば、まず皮膚科に行くことをお勧めする。自分の場合は研究心から化膿活点という虫刺されの急所を確認したのだが。化膿活点は二の腕の外側にある、別称は上肢第六調律点という。自分の化膿活点はどういうわけか普段はわかりにくいのだが、昨夜はここぞとばかりにゴリゴリに腫れている。昔の人はよくこんな処を見つけたものだと感心した。

化膿した時、毒虫にされた時―化膿活点―

20160611

虫に刺された時、クラゲやオコゼなど毒をもったのに刺された時や、釘などをふみ抜いた時、生爪など化膿を警戒する必要のある怪我などに使うと効果があります。上の写真の場所(上膊部)にコリコリができるから押さえればいい。これは自分で簡単にできます。

ただ、その前に、刺された場処、怪我をした場処の血を、できるだけしぼり捨てること。こうすると、血液と一緒に毒素も洗い流されるからです、愉気をしておくとなおよいが、腫れたのなら、もう心配ない。(野口晴哉著 『整体入門』 ちくま文庫 p.183)

生理学的に説明すれば、いわゆるリンパの流れを司る処だ。操法がきちっとあたれば、細菌の退治やウィルスへの抗体作りを助勢する。普段的には「むくみ」の解消にも使える処でもある。

一節にはマムシに咬まれた時でもここを押さえて助かったという記録まで残っているのだから凄まじい。ただし昔の人の生命力や野生の強さが土台にあることを見逃すことはできない。現代人は絶対にマネをしてはいけない話だ。

季節がら多少需要のある技術と思うので、今月の活元会では化膿活点の稽古をしておこうと思う。