舞岡公園

昨日はかねてより行きたかった舞岡公園へ。

公園というよりは山です(注意)という下記のサイトを参考に、妻と息子と三人で、ややしっかりめに装備を整えて出発しました。

舞岡公園:本気の登山道がブルーライン駅から徒歩15分…

戸塚駅からバスに乗って到着、歩きはじめると先ずは有名(?)な水車小屋が姿を現しました。こちらはもう使われてはいません。「中に入って回したいよ~」と息子。

さらに進んでいくと、ときどき体験もやっているという田んぼに着きました。カエルの鳴き声につかまって、どうにか見つけようとかんばります。

近くでたくさん声はするのに、どこを探してもとうとう姿は見えませんでした💦(泣)

途中からわたしも参戦しましたが、確かにすごい声がするのにまったく見つかりません…ホントどこ…。

舞岡公園

途中のベンチでお弁当を食べた後、同年代の子どもを見つけて遊びはじめます。

なかなか帰ろうとしません…。

バスの時間がせまってきたので、しかたなく帰るコールして帰路へ。

今日は時間の都合もあって平地を中心にまわって、本格的な登山道には入りませんでした。

自宅から一時間くらいで行ける本気度高めのハイキングコースコースです。しばらく定番になるかもしれません。

次回はその山の先にあるというアイスクリーム屋さん目指して、登山道にも挑戦したいと思います♪🙂

背く親

昨日の夕方、子どもといっしょに公園に行くと、ちょうどそこで4~7才くらいの姉妹が交代で縄跳びをして遊んでいた。はじめは夢中でやっていたけれど、そのうちにお姉ちゃんが「あや跳び」をした。するとすかさずお母さんが「すごいすごい!それはアヤトビって言うんだよ」と教えてあげた。

褒められたお姉ちゃんは今度は「アヤトビ」を成功させるためにやり始めた。ただ夢中でやっていた縄跳びに成功と失敗が生じ、そこに評価が加わった。

なかなかできなくて、イライラする。もう一回アヤトビをすると、お母さんは、「ちがうよ、それは交差跳び」、そこへお父さんまで加わって「今のはあや跳びにも交差跳びにもなっていない」と次々厳しい評価と注文を付け始めた。

そうこうする間に存在を忘れられそうになった妹が、「モウカワッテヨ!」と自分を主張しはじめた。当然である。お姉ちゃんはしぶしぶ交代する。「じゃあ5回ね!」と先に自分の自由を制限されたお姉ちゃんは、さっきまで自由に交代しながら一緒に遊んでいた妹に急に注文を付け始めた。

やっと通った要求に制限を付けられた妹は「ゴカイヤダ!カゾエナイデ!」と自分の自由を主張する。お父さんは「お姉ちゃんが貸してくれたんだから交代で遊びなさい、自分がやられたらイヤでしょ」と正しきを指導した。

ついさっきまで楽しかった同じ縄跳びが途端に詰まらくなった。嫌になり一人で遊具に行ってしまった。人間の要求は川水の流れと同じである。堰き止められれば、孤独になるとわかっても隙間を見つけて流れていく。

お姉ちゃんはアヤトビを再開するも、もう笑顔はない。それをお母さんは意に返すことなく、相変わらず「今のはちがうよ」とやっている。

お姉ちゃん「ちがうちがう、そういうこと言ってんじゃないの!」
お母さん「えっ私が教えてあげてんだけど」とついにはケンカが始まった。

読めばわかる通り、子どもの自発性と楽しみを奪ったのは親である。この場合は相手の求めない知識と正確さを押し売りしたためだ。何故そうまでして「アヤトビ」を正確に教えようとしたのか、私にはそれがわからない。

おそらくだが、この流れはここで終わらない。「正しさ」によって自分の自由と自発性を制限されたお姉ちゃんが妹にもそれをしたように、やがては学校の友達にも何かあるごとに「それはちがうよ、こう」とやり始めるかもしれない。

人間の表面の動きだけしか見ない人にこんな話をしても無駄だろう。せいぜい「親の親切に子どもが背いた」と思うかもしれないが、子どもの自然のこころに先に背いたのは親である。その根本には古くなったことによる感受性の鈍りと子どもに対する無理解がある。それが仲良く遊んでいた姉妹の中まで壊してしまった。

妹は姉が憎いと思ったかもしれないが、その背後に親の鈍感があるとは夢にも思わないだろう。その結果、本件でもっとも孤独を味わったのも妹である。しかしながら、考えてみるとこういうことは世の中にいくらでもあることではないか。

お互いがお互いの正義と自由をつつき合って息苦しい社会を作っていく土壌は、こんなところにもあるのではないかと思った。慎まなければならない。

いじめもまた然り。弱者を守るべしという頭の教育も結構だが、指導者層の視野狭窄と感受性の鈍りを見逃して、お仕着せの教育が奏功するとは思えない。子どものうちからこころの自然と感受性を守り育てていく体育の必要性ここにありと、改めて信を強くした次第である。

自然(じねん)モデル

心理学者の河合隼雄さんはカウンセラーの態度の理想の一つとして、「何もしないということに全力を挙げる」という言葉を残している。

カウンセリングの現場では、カウンセラーが教育的なアドバイスや助言を与えた場合よりも、クライエントの悩みを深く共有しながらも、「何もしないで自然の変化を待ったとき」の方がより豊かな結果にむすび付くことを度々経験されたためである。

このような心理療法の技法、とも言い難いような技法のことを、自らの著書『心理療法序説』の中で「自然(じねん)モデル」と名付けている。

前掲書の中に上のような図が示され、下に行くほど治療者の役割が薄まり、患者(クライエント)の意志や努力が要求されるようになる。そして自然モデルに至ると患者、治療者(クライエント、カウンセラー)としての役目や関係性も消失し、「目に見えない何か」に一切を任せるという宗教的な態度にもっとも近づく。

もともと日本には「果報は寝て待て」とか「棚からぼたもち」など、ぼんやりしていたら思わぬ僥倖に巡り合った、といった意味の諺がいくつもある。これは往時の日本人が自然(じねん)であることの恩恵を生活の知恵的に理解していたからとも思える。

これに反して近年は「科学的根拠」が好まれる風潮がつよまったせいか、効率化や合理性に偏り過ぎたために、自分の知った様々な理屈の狭間でかえって身動きが取れなくなってしまっているケースをよく見かける。

もちろん「人事を尽くして天命を待つ」と古語にもあるように、目の前に置かれた自分の務めを誠実に果たしていくことは大切である。しかしながら物事の全体が円滑に進んでいくためにはこれだけでは不十分であって、やはり「自然の流れ」という目に見えない大きな力による面を無視することはできないのである。

冒頭の「何もしないことに全力を挙げる」という言葉は、その目に見えない大きな力を最大限に活用するための積極性と受動性を兼ね備えた態度ともいえる。

一方で、野口整体の方では健康に至る方法の一つに「ポカンとして体の要求に任せる」などといって、やはり「自然(じねん)」の力を活用する態度を重んじている。

活元運動も一見すると非合理で前近代的な迷信のようにも思われがちだが、上に述べたような背景をよく理解すると、心理療法の「自然(じねん)モデル」とも相通じる、古今不易の「合理的な」運動であることが理解されるだろう。

心理療法では身体について言及されることはさほどないが、整体法では頭をポカンとさせることは、身体全体の条件をともなった心の状態であると捉えている。

整体操法が必要なのもそのためで、全身の筋がゆるんでこないと頭の働きは休まらない。つまり体に凝りがあるうちは「ポカン」とはならないのである。

何であれ、アプローチの仕方が違うだけで生命の最良の状態を自然(じねん)とする考え方は同じである。

一般的な教育現場や治療、臨床の現場において、このような自然(じねん)の果している役割は見えづらい。加えて数値化に代表されるような、可視化や見える化を重視する現代においてはなおさら死角になりやすいのだが、一度この力に目覚めた人は自分自身が見えない大きな流れと繋がりうる可能性に満ちた存在であることが自覚されるだろう。

この自然モデルの具体的な方法論が整体における「愉気」や「活元運動」ともいえる。どちらも効果を疑う人ほど潜在的な需要はある。いずれも努力して身に着けるものではなく、目が開くと、自ずからそのようになっていく。自然はいつも生命と共にあるのだ。

粘菌

粘菌昨年の梅雨のこと、軒先にあるライラックの切り株に見なれぬ光景を発見。粘菌である。

粘菌は寒暑風湿に応じて、文字通り千変万化する原始的な生命体である。植物とも動物とも分類しきれず、キノコのような形から胞子となって舞い飛んだかと思えば、アメーバのようにもなって微生物を捕食することもある。

おそらく朽ちかけたライラックの切り株を見つけて(一体どうやって⁉)飛来してきたものと思われる。

うまくしたもので隣で元気に葉をつけた株には見向きもしない。そして数日の後には雨季の終焉を予期したかのように忽然と姿を消した。

生命とはこういうものさ、そう言わんばかりに自然の秩序と合目的性を無心に語り、教え諭し、去って行ったように感じた。

「音もなく香もなく常に天地(あめつち)は書かざる経をくりかへしつつ」とい詠じた二宮尊徳翁の心も、里山で暮らし常に自然生命の妙に触れることで紡ぎだされた、裡なる自然の叫びだったのだろう。

その自然はいまも我々の裡に変わらず宿っている。だからこそ生きているものは息も脈も環境に応じて否応なしに変化する。その自然を見失い、ただ生きるということに戸惑い悩む人多し。斯くして大脳進化の必要、ありや、なしや。

ノアの箱舟

ノアのはこ船地球のすべての生き物には「適応」という力が具わっている。これによって必要な力は伸び、不要な力は失われていく。髭が剃るたびに濃くなり、歩けば脚が太くなるのもこの適応の産物である。

病菌を殺せ罹患者を近づけるなと、外から来るストレスを忌避し逃げ惑う間にも、この適応作用は刻々と働いていることを忘れてはならない。病気を遠ざければ、これを活かし共生する力もどんどん委縮退行していく。

一方人間によって過酷な環境にさらされた病菌は、同じくこの適応作用によって変異と強化を繰り返しつつ、逞しくその活動領域を保持していく。

効いていたはずの薬が効かなくなり、常用者の使用量が増え、絶えず新薬の開発が希求されるメカニズムもこの適応によるものである。

人間の衛生を目的とした行為が、自ら進んで武装解除し種の弱体化と滅亡への道を歩んでいることに早く気づくべきだ。

コロナ禍という禍(わざわい)が実在するかは定かでないが、これに怯えることなく進んで生命をストレスに晒していけば、禍も転じてノアの箱舟になるやもしれない。

活元運動を真面目に行う人は、箱舟はもともと自分の中にあったことにやがて気がつくだろう。自分の力を自覚すると、洪水のさ中でも平素と変わらず浮かんでいることは決して難しいことではない。

潜在意識と氷山

潜在意識と氷山こころの全体構造はよく氷山に例えられる。
野口整体では海面から出ている部分が現在意識、海中に隠れた部分が潜在意識、そしてそれらの大本となる海水が無意識であると表現する。

ユング心理学では呼び方が変って、先ほどの順番で行くと意識、個人的無意識、集合的無意識になる。

いずれも意識の狭さと限界性を指摘し、無意識の広大さと可能性を説いている。野口整体で「頭をポカンとさせる」というのも、ユングと同じ無意識に対する信頼が基礎にある。

活元運動も坐禅も意識の忙しい現代にこそ潜在需要に満ちている。ただし潜在しているために、その掘り起しから整体指導者の仕事は始まっている。

みんな知識と情報を欲しがっているが、知識では解決しないことを知って欲しい。

木に学べ

宮大工の西岡常一さんの話を一冊の本にした『木に学べ』(小学館)。伝統の職人による木と日本古来の建築、そしてそれにまつわる周辺のお話で、現代文明の在り方を当然と思って生活する我々に内省を促す内容だ。

木に学べ

全編どこを切っても含蓄の深い話ばかりである。その中でもわたしが最も気になったのは下の引用部。

自然の木と、人間に植えられて、だいじに育てられた木では、当然ですが違うんでっせ。

自然に育った木ゆうのは強いでっせ。なぜかゆうたらですな、木から実が落ちますな。それが、すぐに芽出しませんのや。出さないんやなくて、出せないんですな。ヒノキ林みたいなところは、地面までほとんど日が届かんですわな。

こうして、名百年も種ががまんしておりますのや。それが時期がきて、林が切り開かれるか、周囲の木が倒れるかしてスキ間ができるといっせいに芽出すんですな。今年の種も百年前のものも、いっせいにですわ。少しでも早く大きくならな負けですわ。木は日に当たって、合成して栄養つくって大きくなるんですから、早く大きくならんと、となりのやつの日陰になってしまう。日陰になったらおしまいですわ。

何百年もの間の種が競争するんでっせ。それで勝ち抜くんですから、生き残ったやつは強い木ですわ。でも、競争はそれだけやないですよ。大きくなると、少し離れてたとなりのやつが競争相手になりますし、風や雪や雨やえらいこってすわ。ここは雪がふるいからいややいうて、木は逃げませんからな。じっとがまんして、がまん強いやつが勝ち残るんです。

千年たった木は千年以上の競争に勝ち抜いた木です。法隆寺や薬師寺の千三百年以上前の木は、そんな競争を勝ち抜いてきた木なんですな。(『木に学べ』pp,15-16)※太字は引用者

少し長くなったけども、いわゆる自然淘汰の摂理を著者の職業的な体験を通じて語られている。

こうした淘汰作用に人間味を加えた表現が「生存競争」ではないか。しかしもう少し冷静にみていくと、これは競争というより適応と言うべきかもしれない。

芽が出せないときは出ない、けれども環境が発芽を許せば出てくる。努力したからそうなったわけでなく、タネの内と外が同調して自然(じねん)にそうなるのだ。

芽の伸び方によって早く、高く茂っていく木は伸び、日陰になった木は朽ちて菌類の温床となり、やがて土に還ってまた他の生き物に化けていく。

こうして無限に循環する生態系を「競争」とみるのは人間の視野狭窄かもしれない。もう少し公平な見方をすれば、それぞれのタネがその個性に応じた生を全うするだけなのだ。

これによってその種(しゅ)はより環境に適応した個体だけが命を繋いで存続していくことになる。

こうした淘汰と適応の相克の狭間で生きているのが地球の生命体であって、人間と言えどこの作用から遊離して生きていくことはできないのである。

しかしながら、いつの頃からか人間はこうした自然の摂理をコントロール下に置こうと努めて知能を働かせてきたのだ。

そうして個体生命の生存率を高めるために発展してきた方法論の一つが「科学」である。科学技術というのは一般に外的環境を分析によって理解し、これを自分にとって都合のいいように再構築すべく活用されてきたのである。

これと対照的に、外界になるだけ手を加えず身体の適応能力を最大化して個体の生命を全うしようというのが整体法の根本理念である。

よく誤解されていることだが「体が整っている」ということは、肩の水平や骨盤の正対称といった幾何学的均衡をいうのではない。「整体」とは刺激に即応して再適応がはかられる、弾力に満ちた身体のことを指している。

これを裏付ける説話として次のようなエピソードがある。野口先生の存命中に行われた整体指導者の資格を付与するための段位審査のテストにおいて、「整体操法を行う目的は何か」という設問があったそうである。これに対する解答の一つが「感受性を高度ならしむる」であったという。

自然界は感受性の鈍ったものから姿を消していく。

だから丈夫とは何か、それから健康と何か、といった場合に一般の感覚と整体法の考え方にはずいぶん乖離がある。

「丈夫」とか「健康」という目指すところの定義の確認から出発しないと、整体指導という共同作業は成り立たない。

先にも述べたように弾力と適応作用の保持というのが整体指導の唯一の目的で、これは科学的医療からするとほぼ死角になっている。

これは現代医療と整体法のどちらの方が優れているかという卑小な話ではなくて、それぞれの持ち場、技術が使われる枠組みをはっきりさせようという思考態度だ。

言うまでもなく整体の方が圧倒的にマイノリティではあるけれども、病気の原因を身体の内的事情に求め、また病症に生命保全の合目的性を認めるスタンスは、コロナの対応で閉塞感に悩まされている現代にこそ公正な評価を下す必要があるだろう。

旧来から野口整体を前近代的(≒非科学的)な迷信として軽視する向きもあるけれども、本来の整体法のパラダイムは後に発生したニューサイエンスと同様、西洋近代から急成長した自然科学の補償に位置している。お互いに理解を深めつつ補填、補完していくことで頻発する感染症の対応策にも新たな視点と展開が期待できると思われる。

このような観点に立つと、今から千年以上も前に人間の知恵と技術、そして自然の妙機を組み合わせて法隆寺を建造した飛鳥時代の技法は、科学至上主義の限界に立たされている我々に多くの示唆をもたらすと言えそうだ。

タイトルの『木に学ぶ』というのは、換言すればいのちに学ぶということである。今の自分の脈にも息にも、いのちのリズムは正確に刻まれている。心が自然なら人間と言えど自ずから整うようにできているのだ。

いのちの秩序から学び、そこから技術を生じでき上がった整体法にも、千年の風雪に耐え力が具わっている。その力に気づき使いこなせるかどうかは私たち一人一人の感受性にかかっているのだ。

心象風景を可視化するもの

6歳の息子による自作のフリスビー。

気がつくとうちの子はマンダラのような図柄をよく描いている。

ユングは自身が心の病にかかったとき、毎朝円をモチーフにした図柄を描くことで自分の心象風景を可視化させていた。

のちのこれが東洋の曼荼羅と酷似することを知り、円形の模様はself(自己)を現す人類共通のイメージ(元型の一つ)であるという仮説に辿りつく。

子どもの行為を注意深く観察していると、こうしたユング心理学の理論を裏付けるようなものによく出会う。

自我が未発達なだけに、自己が素直に現れやすいのかもしれない。このような天然自然のこころを野口整体では天心、と言う。大人になってもこの天心を保つために整体法は生まれた。

事故

家から三本前の辻は車道になっている。どういうわけかこの道はしょっちゅう事故が起こる。

ちゃんと数えたわけではないけれど、だいたい1、2か月に一回は車かバイクが事故を起こして傍らにパトカーが止まっているのを目撃するのだ。

今朝もあったのだが車と原付が接触したらしく、どういうわけか車の方が横転していた。

俗に「魔の交差点」とか「魔の時間帯」という言葉もあるように、事故が起こるには起こりやすい環境や条件があるようだ。

またこういう外的な条件とは別に、身体や心理の方にも事故を誘発しやすい内的な条件というものはある。

例えば今日みたいに週末に雨が降り冷え込んだ後でさーっと晴れて気温が上がったような場合、事故を起こしやすい。

体が余分に動的になって上気するのだろう。

こんな時に自分自身がいつもと違う「妙な感じ」であることが事前に分かれば事故を防ぐ手立ても生じてくる。

ところが現代のようにのべつスマホをいじっているような気ぜわしい状態だと、こういう自分の内的な感覚が解らなくなる。これが内的要因で、どちらかと言えば怖いのはこちらの方である。

養生の基本は「意識を鎮める」ことにはじまって、最後もここに帰る。

それを思えば現代ほど坐禅や整体法といった身心修養の必要な時代もないだろう。

とは言いながら、こういうことも昔から言われているもので道は足下にありといえども実践する人は極めて少ない。

いつものオチだが人のことではなく禅も整体も自分がやることなのだ。さて今日の自分、今の自分はどうであろうか。

こればっかりは人に尋ねても、ググってもわからないのである。外に向かう意識活動が止んだとき、はじめて自分の感覚が生ずる。そして自己の本当の姿もここに現れるのだ。

自己を見失うと事故に遭いやすくなる、というのはシャレにもならない話だが、「体が整っている」ということの功徳は知られていないだけで実は計り知れない。

さて今日の自分、今の自分はどうであろうか。こういう時間を持つことが人間にとって最高の贅沢なのだ。自分の目はいま本当に覚めているだろうか。

尋常小学校

子どもが6さいになり、4月から小学生になる。

そんなタイミングで夜眠る前か朝起きたときに小学館から出ている尋常小学校の文庫本を一緒にポソポソ読みはじめた。

内容としては戦前まであった修身という授業に使われた教科書がベースになっている。

人間の生き方や道徳にまつわる話の短編集で、日本史上の偉人だけでなく外国の人物まで例に挙げて、人間の徳行というものを文字で学ばせるのだ。

こうして書いていくと「そもそも人に道徳を教えられる人間だろうか」と自分に突っ込みたくなるけれども、そこは自分の勉強のために子どもに付き合ってもらうという体(てい)で収めている。

実際読んでみると道徳観念の薄弱な自分には真面目に勉強になる話が多い。日本国内の偉人のエピソードだけでも知らないことだらけである。

目次から抜粋すると、素直な心を持つ、自分を慎む、礼儀を正しくする、夢を持つ…といった幼児教育の王道とも言えそうな直球フレーズが縷々続いていく。

現代社会は人心の興廃、モラルの低下などということが叫ばれて久しいが、その要因の一つとして戦後にこの修身(道徳)の授業が消失したことも無関係とは考え難い。

言わずもがなだがGHQの敷いた文教政策の余波は戦後70年以上経った現代の義務教育にも踏襲されているのだ。過激な言い方をすればそれは愚民政策の典型であり、日本の弱体化を狙って放った終戦後の見えない兵器である。

そこに日本人のマジメさと全体一致主義が加わり、さらに変革や意見の衝突を好まない穏便な性質が微妙に組み合わさった結果、その兵器はいまや国産品まで混在する据え置き状態、精神的な戦後復興は遅々としてはかどらないのである。

はかどらないどころか他人の掘った落とし穴に堕っこちた上に、今度は自分からその穴を深くして泥まみれになっているのだから困ったものである。

まあそれはいいとして。

前掲書の中身はなかなか盛りだくさんである。先ほどの抜粋に続いて、一生懸命働く、とか、つらさを乗り越える、思いやりの心をもつ、みんなのために、など当たり前といえば当たり前の話だが、「働いたら負け」とか「そんなの関係ねえ」といった言葉が冗談としてまかり通ってしまう現代にあってはむしろ前衛的である。

このような学校で行う「文字」や「言葉」の教育だけで人間が作れるか?と問われればそれにはもちろんノーと答える。

だからといって現代式の、既存の学問知識の切り売りに特化した教育を是認し続けていいとは全く思わない。

当然だが一人の人間が育つにはその間にさまざまな時間と場所で多くのコミュニティに接触する。

そうした中で幼児期から思春期に深く関わる義務教育の9年間だけ見ても、学校の占める比重は高い。もちろん学校が全てとは言わないが、学校で過ごす膨大な時間を軽視することはできないのである。

そうは言ったところで文科省はおろか、いち小学校の方針だって一人の人間の主義主張で変えることは難しいだろう。

そういうわけで家庭内でポソポソ読んでいるところに話は戻る。

ところで今アマゾンで「尋常小学校」を検索してみたら、意外にもこの戦前の教科書関連の新刊本が数冊出ているではないか。

それだけ関心を持つ人は増えてきているのかもしれない。戦後の科学至上主義と知識偏重教育に対する揺り戻しだろうか。

何であれ人様のことはともかく、勉強とはつまるところ自分のために自分がやるものである。

1日せいぜい10分、15分だから子どもと二人で一回通読するだけでも小いち年はかかるだろう。子どもには申し訳ないがお父さんの趣味に気長に付き合ってもらうつもりでいる。