理解と自覚

「整体」になるのにどれくらいかかるだろうか。

うちに通われている方を見ていると、一応の段階までだいたい2、3年くらいが目安かなと思う。

「風邪を引いて熱が出ると、骨格筋がゆるんで、身体が整う」という風邪の効用を例にとっても、理解はすぐにできる。

それでも、実際に「うん、これは間違いないね」と自覚に至るにはやっぱり年月がいるのだ。

理解に力はないが、自覚したものは力になる。

しかし自覚するためには理解の入り口が必要だ。

それも感受性という門が開いていなければ、はじまらない。

人が整体を選ぶのか、整体が人を選ぶのかはわからないけれど、

最初に響き合うものがある。

自分の中に「信」を見い出そうとする人には、いつでも門は開かれている。

閉じてしまうのも自分自身だ。

自分、自身が、どう生きたいか、

感性に問いかけてみよう。

道ははじめから拓かれている。

と、思う。