ごまめの歯ぎしり…

いまだに緊急事態という実感はないけれど、イレギュラーな生活はつづいているのでやっぱり手持無沙汰である。

状況に応じて何か変わったことでもしようか、それともいつもと同じことをつづけようか、などとどうも気持ちが定まらないので久しぶりに易を立ててみた。

ここで急に易とか言い始めると引かれるかもしれないので一応説明をすると、「易」とは中国古典の『易経』にまとめられたごく原始的な占いである。

名前は有名だけどその内容まで知っている人となるとなかなか少ないかもしれない。しかし実用のために初歩的な仕組みを理解するだけなら意外と簡単なのだ。

陰と陽、つまりはマイナスとプラスという二つの概念の六つの組み合わせによって対象の相を観るのである。

このとき陰は「--」陽は「」であらわされる。これを下から六つ積み上げることで2の6乗、つまり64パターンの卦(け)が表現される。

当たるも八卦、のあの卦である。

本来は筮竹(ぜいちく)という竹ひごみたいな棒をバラバラもってやるのがお馴染みだが、実はその略式があってコインでもサイコロでもできるのだ。

要は自分のコントロールを離れた方法で現象化した事物を、いずれかの卦に当てはめれば占いは成立する。

コインで行うやり方は6枚の硬貨をパッと撒いて手前から順に並べる。表なら陽、裏なら陰である。

やってみると今回は下から陰が四つ、上に陽二つの「風地観」という卦が出た。

ぱっと見「悪い卦だ」思った。悪い卦という言い方は易にはふさわしくないが、直感的に「ん…なんかよくないのかなぁ‥」という感じ。

ちなみに講本には「大地を吹き抜ける風」とある。

東洋思想には上虚下実という概念がある。あるいは頭寒足熱という言葉もあるけれど、つまるところ上部は涼しく軽くし、下方を温かくズシリと重厚な形をとれば万事安泰と考える。

それに照らせば下方に陰が4つも固まっている。まああんまりいい気はしない。

そしてこれがさらにどう動くか、これからどう変化するかという変卦を観る。あらかじめ交ぜておいた一枚だけ種類の違う硬貨をひっくり返すのである。

すると、ハイ‥

「山地剥(さんちはく)」。「くずれいく山」って…陰がまた一っこ増えた。

これはやっぱり順境とは言えない。首から下がスカスカだ‥。

易経によって定められた読み方もあるだけど、それ以前にまず思い浮かんだのは頭デッカチになっていませんか、ということだ。

まずそのカッカした頭を冷やせ、と。もしくは軽挙妄動を慎んで足元を固るべし、と言う風にも読めるかもしれない。

見方を変えれば最上部にたった一つだけ陽のエネルギーが残されている。慎み深い態度でこれを大事に保てばやがて陰陽のバランスも戻るだろう。

こういう時は、待つことだ。

とまあ、あれやこれや思索している最中になぜか大学時代の恩師より小包が送られてきた。

先生は長年お勤めされた大学をおととし退職されたのだが、小包の中身はその退職の記念として発刊された論文集であった。

少しタイムラグがあるけれど、この外出自粛期間を有益に過ごせるようにとの先生のご配慮かもしれない。

その真意まではわからなけれども、さっそく開いてページをめくってみる。すると中から「ごまめの歯ぎしり」という一語が目に飛び込んできた。

調べてみると「ごまめ」とはおせちに入っているカタクチイワシの稚魚を甘辛く炒め煮したものだそう。

それが歯ぎしり、とは‥すなわち、、

実力のない者・とるに足りない者が、いくら批判をしたところで何も変わるものではないということのたとえ、またそういうことをするものではないという戒め。(ウィクショナリー日本語版 より)

わー‥

ということで自粛期間中はいっそう自重します。自彊不息。自力を養いながら時期を待とう。