7月28日活元会後記

7月28日(土)は坐禅・活元会を行いました。

台風12号が南関東に上陸するとの報道もありましたが、開始と帰宅時刻にはちょうど雨足が弱まり、みなさん無事定刻にお越しになられました。

いつも通り脊髄行気から‥のつもりでしたが、今回は予定を変更し坐禅の時間を一部割いて座学からはじめました(久しぶりです)。

資料は野口先生の講義録「自然な健康とは(昭和49年9月 活元指導の会)」より、下はその一部抜粋。

ともかく、体の要求する通りに動けるような考え方をして、それで活元運動をしていただくと、みなさんの生活がひとりでに敏感に変わってくる。やってよいこと、悪いことも体ですぐ感じるようになります。例えば、危ない所へ近付こうとすると体がスーッと冷たく、寒くなって、何か皮膚が収縮してくる。そうしたら止めればよい。

体は知っているのです。体は妊娠すると同時に、九ヵ月先にはお乳を飲むということを知って、お乳を準備するのです。だから、生まれるとすぐにお乳が出る。体は生まれることを知っているのです。おそらく癌でも筋腫でも治る時期があって、体はそれを知っているのです。ところが皆それを掻き乱している。けれども、人間の体の中の全てのものはみんな経過するのです。妊娠でも経過するのです。だから体が準備しているのに途中で出してしまうと、他の準備は中途半端になって、そういうのが後になって乳腺炎や癌などになったとしたところで、それは体の間違いではない。体の準備を途中で止めてしまったからです。

そんなように、体は先のことを知っているのです。今のことだけではないのです。だから、体に聞いていくようなつもりで、体というか、或いは無意識といいうか、意識を閉じて無意識に聞く。後になってみると、その方が却って正確だったことがよくあります。…

…いろいろ頭を細かに使う前に、意識を、頭を一旦捨てて、無意識に聞く。それにはやはり敏感な体になっていなくてはいけない。そういう意味で活元運動をおやり願うと、何回かやった後と前とではご自分の動作の全体が変わってくることがお分りになるだろうと思います。(『月刊全生』平成23年12月号 一部改行、太字は引用者)

こうして改めて読んでみるとわかりますが、活元運動は本当に固有のもの、整体という独自の理念に則した身心の調整法です。

これから何か訓練をして獲得するのではなく、生まれたときすでに最初からあった感覚を取り戻していく。その身体の感覚(無意識の感覚)を敏感に保って日々の生活を築いていこうというのが「整体」という態度なのです。

妊娠の例も記されていますけれども、現代ではいろいろなことを人間が管理し過ぎたために、かえって出産をむずかしくしているようなことが沢山ありますね。

例えば「予定日」「正産期」を決めてしまうことも妊婦さんを余分に緊張させる材料になる、と私は思っています。「いついつまでに生まれなければ‥」ということが余分な空想を生んで、身体の微細な感覚が判りにくくなってしまうのです。

本来であればもっと頭を空にするように、ポカンとするようにして日々の生活の中で快感を大切にすればそれでいいわけですから。

ごく簡単なことだけれども、普段から知識に頼った生活に浸っている私たちにはこれがなかなかむずかしい。そこで活元運動を丁寧に行っていくと、だんだんと自分の「感じていること」がわかるように、敏感になってきます。

世の中にはいろいろな健康法がありますが、その多くは人間が考案したものです。活元運動はそういう人間的なはからいをすべてやめてみたらどうなるか、というところが出発点になっています。

年を取っても病気をしていても、一生付き添っていくのが自分の身体ですから、この感覚を鋭敏に保つことがいかに大切かおわかりいただけると思います。

みんなが自分の心や体に関心を持ってこれを自然に保つように心がけていけば、少しずつ世の中が明るく朗らかになっていくはずです。一人ひとりが自分を整えればいいのですから、道は近くにありますね。

8月も2回ほど予定しています。有志の方はごいっしょにやりましょう。