野口整体の学び方

今日はいい雨ですね 7月なのに涼しいし和むー。

開業当初からなんですけが、今でも時々「整体を教えてください」って真面目な相談をいただくことがあります。何でまたこの僕に・・・。

本当に真面目な心の優しい方が多いんですけど、教えられない・・僕には。しぶってるんじゃなくて教え方がわからないんです・・。僕も教わったかっていうとそういうわけじゃないし。たとえば野口整体って何だろうか?という問いも毎日更新していますし。

物理的に整えていくのは体だけど、正していくのは人生です。整体指導者というのはボディセラピストというよりライフセラピストといった方が自分としてはしっくりくる。

整体では、体が整う→要求が整う→行動が整う→心が整う→自分の身の回りのモノや人間関係が整う→いろいろ整う→・・・・・・というプラスの流れが起こる。

もっと端的にいうと、不機嫌を発信していれば不機嫌がかえってくる。良い気を出していれば、良い気がかえってくる。因果というのはたったそれだけのことで、これが体感的に理解できて、その通り正しく行動できたら99%解決してしまう。

ただそれを学ぶために人生という年月と根気と忍耐が要るんだと思う。そういう意味では身体で経験できることは全てが貴重な学びだ。

でも多くの場合が、負のスパイラルにハマるとまずハマってることがわからなくなる。よしんば気が付いても一人では抜けられなくなっていることが多い。

「抜けられない」というよりも「抜けたくない」の方が当りで、そのマイナスの感情に支配されていることが心地よくなってくるからやっかいなのだ。

身体を観いても「これはコジレタな」、というのはそういう状態で気がコリ固まって筋が萎縮すると愉気がハジかれてなかなか入っていかなくなります・・。手を当てて静かにじーっと待っているとほどけて来きますけど偏りが過ぎると1回の操法の時間もそれだけ長くかかる。

学生の頃手塚治虫の『ブッダ』をよく読んでいたけどブッダが時々他人の精神世界に入り込んで(ゾウとかの時もあったけど・・)生死の境から助け出す場面に深く深く感動していた。今では整体の愉気がその時の気持ちとなんだか共鳴している。

感動は自分の人生を創ります。感動がないとやっぱり動かないな。「整体をやる」と思う方は、感受性を磨くことが堅実な道かもしれません。

 

ブッダは極端だけど、手を当てるときの精神状態が技術の全てで、そういう点では整体は仕事の精度には際限がない。そして技術として教わらなくても、指導力というのを自然と纏っている人はいるだろうし、できる人はできる、いや、そういう人はもう自然にやっていると思う。・・・・

そういえば僕の先生は、この仕事は「何よりまず素質だ」ということをおっしゃっていました。自分の素質を証明出来たら、遠い将来お教えできるかもしれません。

ブッダ