眠りの質

弛めるためには眠るということが一番役に立ちます。皆さんは整体指導というと、操法して弛めるつもりになっておられるが、操法してひと寝入りしたあとの体の状態というのが大事なのです。操法する場合に、必ず相手は眠るものとして、その眠りをどう活かすかということで進めていく。このことを知っているか知らないかで、上手か下手かに別れるのです。つまり整体では、眠りということを弛みの一番の代表として、操法の中に取り入れているのです。

ほんとうに深く眠れるようにさえすれば、あとは何も要らない。あとは自動的に恢復するように人間の体は出来ているのです。だから眠りの問題をもっと研究する必要がある。(野口晴哉著 『体運動の構造 第一巻』 全生社 p.66)

よく「寝ても寝ても寝足りない」などというように、同じ人であっても睡眠には長短の波がある。一般には長く眠れることが良いと考えられがちだけど、睡眠時間が長いのは身体があちこち偏って疲労しているのであって実は良い状態とは言えない。逆に全身くまなく疲労して眠ると短時間で済むのだ。

自身の体験として、大学時代に日曜日になるとまる一日空手の強化練習に出ていた時期がある。夕刻に練習が終わると駅まで歩いて帰るのもイヤになるような疲労度合だったのに、次の日は必ず日の出と同時に目が覚めるのが不思議だった。今から考えると、全身クッタクタになるまで使い切ったことで眠りが異常なまでに深かったのだ。あんなに身体を傷め付けるような練習(?)はもう絶対したくはないけれども、体験知としてはいい学びになった。

整体では身体を傷めずに、繊細な刺激を使ってその人なりの偏り疲労を正していく。これによって眠りが深くなるわけだ。しかもそういう状態が何日もつづくように身体感覚を発達させるのが目的である。

今から思うと、仕事を始めた当初は身体の固い人が来るととにかく「ゆるむ」まで粘ろうとして苦労していた。現在は拙いながらも「眠り」を技術として使うことを覚えたことで相手も自分もあまり疲れなくなったのだ。最近は特に、「技」というのは「力」の対極にあることを噛み締めている。

一点注意が要るのは、眠りが短くなると「眠れなくなった」と心配されることがある。巷では「睡眠時間」を重視する傾向が強いので当然と言えば当然だが、とにかく眠りは「時間」ではなく「質」に依っている。これを説明ではなく体験として理解していただけたら、一回の操法がきちっと当ったと思っていいだろう。

起きている時間の効率化は多くの方が取り組まれるのに対して、眠りの効率化は盲点になりやすい。ところが古来から一流と言われるような人たちはみんな眠りを大切にしてきた。一日の過ごし方は人生の縮図と言われるが、充実した一日は深い眠りからはじまる。だからこそ眠りの質を高める整体操法は「人生を充実させる技術」だと言えるのだ。