思春期の種

息子のジブリデビューが『ラピュタ』になったのはそれなりに理屈がある。

『ナウシカ』にすると蟲(むし)とか巨神兵が怖すぎてトラウマになる可能性があるし、『トトロ』にしてもモチーフとして狭山事件が盛り込まれているのでは?と噂されるだけあって何となくところどころコワイ。

だいたい4、5歳といえば、ほとんどが「思い出せない」時期である。

となると見たもの聞いたもの、体験したものは全部顕在意識を透過して潜在意識に入ってしまう。

入っただけでなく深層意識の中で延々とリピートしているのだから要注意なのだ。今風にいえばリマインダー機能が付いていると言ったら分りやすいだろうか。

この時期に入った言葉はずっと心の奥底で小さく響き続けると思ったらいい。そうしてその人の思考・行動・態度・習慣を本人の知らないうちに方向づけ、ようやく顕在化するのは大体17~19歳くらいだという(現代の場合もうすこし早いかもしれない)。

これがいわゆる思春期における問題行動の〈種〉である。

周囲の大人が問題視するのは早くてもこの思春期に「行動化してから」なのだが、その時に現れた行動「だけ」を相手に叱言や体罰を加えてもまず奏功しない。

本質的にはその子の生育過程のどこかで、周囲の保護者や養育者がそうした思春期の種を撒いていたのだ。

だから文字通りその根は深い。本当に根気よく軌道修正をしていこうという強い決意と忍耐力、そして正しく訓練された愛情がなければ、思春期の動きにみだりに手をつけるのは危険な行為である。

そもそも人間の行動のもとにある、「こうしよう」と思うその大本のエネルギー源は、何だかわからない「漠」とした観念である。

そういうよくわからない「何か」が誰の心の中にもある。

子どもの突発的とも言える行動も、あるいはそうした行為に過敏反応する親も教師も潜在意識下の漠とした「何か」がそうさせているのだ。

しかしながらそれが具体的に何なのかは、特に当事者には皆目わからないから難しい。

焦点を掴み得ないまま行われる叱言や体罰は、効果がないどころかむしろ「やめさない」という、その言葉が無意識の反抗を一層あおっている場合も少なくない。

いわば火の元を突き止めずに、ひたすら火事をうちわで仰いでいるようなものである。そういう人為の風が火の粉をさらに舞い散らし二次災害、三次災害を引き起こしている例は日々のニュースを見ればいくらでも見つかるだろう。

方々に散った火事だけに目を奪われて原因を解析しなければ、消火活動がいくら華やかに行われても到底間に合わないのは自明の理である。

こういうメカニズムから考えていくと、この思春期予備軍とも言える「思い出せない時期」の子どもに無闇に怖い思いや痛い思いを強いるのは、できるだけ避けたい。

絵本でもテレビでも音楽でも、そういう要素のあるものはできることなら物心がついてから見せるべきなのだ。

余談だが節分のような行事で5、6歳未満の子どもを脅かして、大人が享楽にふけるなどというのはもっての外である。

仮にそれで「言うことを聞くようになった」などと効用を説く人もあるかもしれないが、人間の子どもを育てるのは猿回しの猿を育てるのとは違う。

脅しや暴力で言うことを聞くことを覚えたら、それははやくも自発性を失ったということで、大人が管理しやすい子どもを育てるにはいいが子どもを丈夫にし自発的に行動できる大人に育てる方法ではない。

・・・とまあ長々書いたけど、こういう事情で一作目は『ラピュタ』になった(長い‥)。

実際観てみたらロボット兵が覚醒するあたり激コワだったけれども‥。

まぁしかし‥男の子がここ一番で勇気を出すというシナリオは古来から定番だけど、ここまでストレートなのも近年めずらしいのではないだろうか。

こういう冒険心というか、未知なるものに向かっていく好奇心を触発する内容もわるくないのではないか‥。

悲しいかな日々の生活を省みると、息子を決していい環境に置けているとも思えない。だからせめて映像ぐらいはマシなものを見せてやりたいと思うのだ。そういうわけで、これからしばらくジブリアニメにはお世話になりそうである。