ナウシカの目的論的自然観

今回は前々回までの記事「風の谷のナウシカ」「二元的世界観の行末」の続き。 人間によって汚染された地球を如何にすべきか、というテーマはSFではお馴染みである。 ナウシカの舞台における汚染の象徴は「腐海」であり、この腐海に如何に対処して生きるか、というのが作品全体を包み込む大きな難題である。 腐海の植物は1日の中のある決まった時間に一斉に胞子を飛ばす。この胞子には強い毒性があり、腐海に立ち行った人間は …

ポケモンにみる「窮すれば変ず」

もうすぐ6歳になる子どもが今Amazonプライムで『ポケモン』を観ている。 よく考えれば、これもなかなかのロングヒットだと思うのだが、一緒に観ていると気がついたら親の目に涙が出てたりするのだから幼児アニメはあなどれない。 世代的に少しズレていたのでピカチュウ以外ほとんど知識はなかったのだが、ポケモンは「進化」することがわかった。 進化は大体バトルの最中ポケモンが追い詰められたときに発動するのもので …

二元的世界観の行末

前の記事で『風の谷のナウシカ』のことを書き始めたが、この『ナウシカ』を含めたスタジオジブリの4作品が現在東宝シネマで上映されているそうだ。単なる偶然だが勝手な共時性を感じる。 実質的にはみんなの無意識が『ナウシカ』の世界を必要としたのかもしれない。個人の〈こころ〉は深層部で世界全体とつながっている、というユングの仮説は折に触れて実感させられる。 今回の新型コロナウィルスにまつわる各種社会現象の方は …

風の谷のナウシカ

自粛期間中のGWにはナウシカを観よう、もしくは漫画を読んでみよう、という記事を書こうと思っていたのにずるずると間延びして、もはや緊急事態宣言も解除されてしまった。 そうは言いつつ今からでも遅くはない、興味のある方は是非ナウシカを再体験して欲しい。また、これまで体験したことのない人には原作を手に取り、読んでいただきたいと思っている。 言わずもがなだが『風の谷のナウシカ』とは宮崎駿原作の長編漫画と、そ …

ええじゃないか

初夏の陽気に伴い世相も若干だが落ち着いてきたような気がする。スーパーにはトイレットペーパーの姿が戻り、おもてを歩いても公園に行ってもマスクの着用率がわずかだが減ってきている。 そろそろ今回の騒動も終わりが近づいているのかもしれない。こうなってみると一緒になってわたわた騒いだ自分自身も恥ずかしく思えてくる。 そもそもが木の芽時は病気が出やすい。寒さでこわばっていた身体が動き出し、身の内外と再適応を図 …

ごまめの歯ぎしり…

いまだに緊急事態という実感はないけれど、イレギュラーな生活はつづいているのでやっぱり手持無沙汰である。 状況に応じて何か変わったことでもしようか、それともいつもと同じことをつづけようか、などとどうも気持ちが定まらないので久しぶりに易を立ててみた。 ここで急に易とか言い始めると引かれるかもしれないので一応説明をすると、「易」とは中国古典の『易経』にまとめられたごく原始的な占いである。 名前は有名だけ …

世界の中心は

そのむかし蒋介石を相手にせずといった政治家がいたが、コロナの相手もそろそろ飽きてきた。 いやもとより相手にはしてないんだけど、世相が右往左往するもんだから何をするにも不便である。 余談になるけども、この状況に小さいころ雪の日に父の車で出かけた時のことを思い出す。その当時たまたま車が4WDだったので自分たちは雪の弊を受けないのだが、次第に前後の車が動けなくなり結局坂道で立ち往生したのであった。その時 …

情報の価値

つい先ごろまでyoutubeのゲーム実況を観るのが唯一の楽しみだったのに、年明けぐらいからいろんな発信者が急に増えだしてなんだか一気につまらなくなった。つまらないだけならいいが、さすがに昨今のウィルス情報の氾濫には気分が滅入るのでしかたなくサイトを開くのを控えている。 いまの世の中は誰もかれもが情報を欲しているようだ。仏教では貪・瞋・痴を苦しみの根本原因として戒めるが、その最初にあるのが貪、すなわ …

結局いのちの真相は

しばらく前からタイトルに「いのちの真相を求めて」とか書いてあるが、実のところもう求めていない。気がついたら知りたいと思っていた自分は何処かへ行っていた。 この世界がどうなっているのか、自分とは何か、こころとは何か、四苦八苦しながら奮闘しているうちに、「そうか」という体験をいつのまにか通過して、その体験したことももうどこにもない。 30歳の頃だったが当時は整体道場と太極拳の教室に並行して通っていた。 …

自己実現の前に

久しぶりにせい氣院のサイトにページを追加した。「自我と自己」。 もとを正せば「自己実現」に関するページを作りたかったのだが、それを書くためにはその実現する「自己とは何か」を説明しないといけないことに気づき、さらに自己を説明するには「自我」について書かないと、と縷々必要性が生じてきて「自我と自己」を先に書くことにした。 河合隼雄先生の『ユング心理学入門』や『影の現象学』で使用されている図をもとに、ま …