「科学的」であるために

息子(6歳)が保育園で友達とケンカしたという。6歳児ならケンカぐらい毎日するだろうと思ったが、問題の焦点は石鹸で手を洗うかべきか否かだったそうで、これでは先生も報告せざるを得ない。 息子が「ばい菌はちょっと残しといたほうが(体のバランスとして)いいから石鹸は使わない」というのに対して、相手のAクン(仮)は「ばい菌はキタナイから石鹸でしっかり洗い落とさなければならない」と言う。 そのまま互い譲らずワ …

相変わらず

新年最初のネタを考えながら窓の外を眺めたら、今日は春一番を思わせる強風に、突き抜けるような快晴だった。 ふいに「青天白日」という『碧巌録』第四則の冒頭が頭に浮かんだ。 『碧巌録』は禅の愛好者なら誰もが知る宋代中国禅の指南書である。青天白日とは雲一つない青空のような禅の世界を表す一語だ。 人間の感覚を取り除けば、元々この世界には西もなければ東もない。加えて天地もなければ、過去も未来もない。どこにもと …

二元対立を超えた活動

…前回のナウシカの記事からの続き。 分解や分析によって自然界の法則を明らかにして、人間に有益な文明を作り出そうというのが今日まで科学を発展させてきた大きな動機であった。 しかし部分の解釈にこだわりすぎると全体が見えづらくなる、というのが分析知につきまとう最大の陥穽である。 我々の理性はどうしても物事を是非、善悪、優劣…といった具合に、二つに分けて理解しようとする習性がある。「分かる」とはまさに「あ …

ナウシカの目的論的自然観

人間によって汚染された地球を如何にすべきか、というテーマはSFではお馴染みである。 ナウシカの舞台における汚染の象徴は「腐海」であり、この腐海に如何に対処して生きるか、というのが作品全体を包み込む大きな難題である。 腐海の植物は1日の中のある決まった時間に一斉に胞子を飛ばす。この胞子には強い毒性があり、腐海に立ち行った人間は特殊なマスクをしなければ五分で肺が腐ってしまうという。 腐海が生まれてより …

ポケモンにみる「窮すれば変ず」

もうすぐ6歳になる子どもが今Amazonプライムで『ポケモン』を観ている。 よく考えれば、これもなかなかのロングヒットだと思うのだが、一緒に観ていると気がついたら親の目に涙が出てたりするのだから幼児アニメはあなどれない。 世代的に少しズレていたのでピカチュウ以外ほとんど知識はなかったのだが、ポケモンは「進化」することがわかった。 進化は大体バトルの最中ポケモンが追い詰められたときに発動するのもので …

二元的世界観の行末

前の記事で『風の谷のナウシカ』のことを書き始めたが、この『ナウシカ』を含めたスタジオジブリの4作品が現在東宝シネマで上映されているそうだ。単なる偶然だが勝手な共時性を感じる。 実質的にはみんなの無意識が『ナウシカ』の世界を必要としたのかもしれない。個人の〈こころ〉は深層部で世界全体とつながっている、というユングの仮説は折に触れて実感させられる。 今回の新型コロナウィルスにまつわる各種社会現象の方は …

風の谷のナウシカ

自粛期間中のGWにはナウシカを観よう、もしくは漫画を読んでみよう、という記事を書こうと思っていたのにずるずると間延びして、もはや緊急事態宣言も解除されてしまった。 そうは言いつつ今からでも遅くはない、興味のある方は是非ナウシカを再体験して欲しい。また、これまで体験したことのない人には原作を手に取り、読んでいただきたいと思っている。 言わずもがなだが『風の谷のナウシカ』とは宮崎駿原作の長編漫画と、そ …

ええじゃないか

初夏の陽気に伴い世相も若干だが落ち着いてきたような気がする。スーパーにはトイレットペーパーの姿が戻り、おもてを歩いても公園に行ってもマスクの着用率がわずかだが減ってきている。 そろそろ今回の騒動も終わりが近づいているのかもしれない。こうなってみると一緒になってわたわた騒いだ自分自身も恥ずかしく思えてくる。 そもそもが木の芽時は病気が出やすい。寒さでこわばっていた身体が動き出し、身の内外と再適応を図 …

ごまめの歯ぎしり…

いまだに緊急事態という実感はないけれど、イレギュラーな生活はつづいているのでやっぱり手持無沙汰である。 状況に応じて何か変わったことでもしようか、それともいつもと同じことをつづけようか、などとどうも気持ちが定まらないので久しぶりに易を立ててみた。 ここで急に易とか言い始めると引かれるかもしれないので一応説明をすると、「易」とは中国古典の『易経』にまとめられたごく原始的な占いである。 名前は有名だけ …

世界の中心は

そのむかし蒋介石を相手にせずといった政治家がいたが、コロナの相手もそろそろ飽きてきた。 いやもとより相手にはしてないんだけど、世相が右往左往するもんだから何をするにも不便である。 余談になるけども、この状況に小さいころ雪の日に父の車で出かけた時のことを思い出す。その当時たまたま車が4WDだったので自分たちは雪の弊を受けないのだが、次第に前後の車が動けなくなり結局坂道で立ち往生したのであった。その時 …